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ルノー・カピュソンと弟ゴーティエの愉快な関係

秘話で綴るクラシック演奏家の素顔(2)性格の違いが音楽の違いを生み出す

伊熊よし子 音楽ジャーナリスト・音楽評論家

cynoclub/shutterstock.com

 単行本「35人の演奏家が語るクラシックの極意」(学研プラス)に書くことができなかった、アーティストのこぼれ話、取材秘話を綴るシリーズの第2回はヴァイオリニストのルノー・カピュソンの登場である。

 ルノーは天才ヴァイオリニストと称されているが、弟も実力派として知られるチェリストのゴーティエ。ふだんはひとりずつにインタビューをするのだが、以前ふたりの来日がたまたま重なり、おもしろい話を聞くことができるのではないかと思い、ふたり一緒にインタビューに参加してもらった。これが大成功で、両者の性格の違いが如実に現れ、あたかもふたりの演奏を表しているようで、非常に興味深かった。今回は、その一部始終を紹介したいと思う。

兄のルノー・カピュソン(右)と弟のゴーティエ・カピュソン© M. Ribes & A. Vo Van Tao、  Copyright: licensed to Warner Classics

マルタ・アルゲリッチのこと

 ふたりはマルタ・アルゲリッチが主催しているスイスのルガーノ音楽祭によく招待されていた。その話を聞くと、まずゴーティエが口を開いた。

 「僕たちがマルタ・アルゲリッチに初めて会ったのは2000年のこと。ルガーノ音楽祭に呼ばれたのが最初なんだ。こんなにすばらしい偉大なピアニストと共演できるなんて、まるで夢のようだったよ。彼女の演奏は情熱的でスリリング。ものすごく仕事熱心な人なので、僕も集中力をもって取り組まないといけないと、全神経を集中させたよ」

 続けてルノーが語る。

 「僕はスティーヴン・コヴァセヴィチ、フランク・ブラレイをはじめとする多くのピアニストと組んで演奏しているけど、アルゲリッチのピアノはまさにヴァイオリニストを大空へとはばたかせてくれると感じた。僕は共演者を限定せずに、レパートリーによっていろんなピアニストと組みたいほうだから録音でもさまざまな人と共演しているんだけど、アルゲリッチは本当に偉大だと思った。いろんなピアニストと組むと、いろんな色彩が生まれる。それを楽しみ、僕の音楽がそのつど変化していくのを楽しんでいるんだ」

いつも音楽が流れていた家で

 ルノーとゴーティエは5歳違い。ルノーの5歳上に姉のオードがいて、彼女は長年ピアノを勉強していたが、現在は音楽家ではなく他の仕事に就いている。ただし、「インヴェンションズ ヴァイオリンとチェロのデュオ・アルバム」(ワーナー)と題した録音では、最後の1曲、クライスラーの「ウィーン風小行進曲」でピアノを担当している。ゴーティエがいう。

 「両親は音楽家ではないけど大の音楽好きで、家にはいつも音楽が流れていて、僕は4歳半でチェロを始めた。ルノーが弾いていたからヴァイオリンは大嫌いだったし(笑)、ピアノはお姉ちゃんにとられた。それで小さなチェロに出合ったんだけど、これに一目ぼれ。まさしく自分の楽器だと思ったわけ。9歳から10歳くらいのころかな、漠然とだけどチェリストになりたいと感じていたよ」

 彼とは異なり、ルノーは7歳のときに、自分はヴァイオリニストになると自覚した。

 「5歳のころにヴァイオリンのCDを買ってもらって、それがオーギュスタン・デュメイの録音だった。その数日後に、両親がデュメイのリサイタルを聴きに連れて行ってくれ、僕はデュメイの音に恋をしたんだ。それから実際に彼からいろいろアドヴァイスをもらうようになったんだけど、僕はすごくちっちゃくて、デュメイは190センチくらいあるから、いつも上を向いて話を聞いていて首が痛かったなあ(笑)」

スターンが弾いていたヴァイオリンと出会い

ルノー・カピュソン© Simon Fowler
 ルノーはデュメイが以前使っていた1721年製ストラディヴァリウスを弾いていたが、現在はスイス銀行から貸与された1737年製グァルネリ・デル・ジェス「パネット」を使っている。これは50年間、アイザック・スターンが弾いていた楽器だ。

 実は、この楽器を貸与されるときに、ユーディ・メニューインが弾いていた楽器もあった。だが、それは選ばなかった。

 「楽器との出合いはタイミングもあると思う。このグァルネリは男性的で野性的で、奥深い音色が持ち味。その5年前に出合っていたら、選ばなかったかもしれない。自分の成長がちょうどこの楽器に合っていた時期に出合うことができ、それをすぐに選ぶことになった。まさにタイミングだね」

 レナード・バーンスタインはスターンのために「セレナード」を作曲して献呈し、スターンはこの楽器で初演を行っている。ルノーはこの楽器を手にした瞬間から、「セレナード」をいつか弾きたいと願うようになった。

ゴフリラーの気難しさが面白い

 一方、ゴーティエの楽器はマッテオ・ゴフリラー1701年製。2000年に貸与されている。

 「僕はゴフリラーとモンタニャーナのチェロの響きが好きなんだ。ストラディヴァリのチェロは華やかで輝かしい音色がすばらしいけど、僕は渋くて野性味あふれ、しかも繊細さと情熱を併せ持つ音色の楽器が好みなんだよね。ここでいう野性味というのは、出てくる音を表現するだけではなく、楽器そのものが本来もっている性格を意味している。それを僕がどのように引き出し、響かせるか。そこが問題なんだ。
 ゴフリラーは結構気難しい楽器で、なかなか思うような音が出ない。仲良くなるために四苦八苦するし、いまでもまだお互いに深く知り合うための発展途上の段階。でも、恋愛でもそうでしょ。あまりスムーズにいくとつまらない。追求していくとどんどん味が出てくるほうが面白いじゃない」

顔も性格も音楽性も異なる兄と弟

Lukas Gojda/shutterstock.com
 このふたり、顔も似ていなければ、性格もまったく異なる。もちろん音楽性も違う。質問をするとすぐにゴーティエが話し出すため、ルノーは常に受けに回る。それゆえフラストレーションがたまるらしく、突然叫び出す。

 「お前、少し黙れよ。ひとりでしゃべりまくってさ。いまは僕が質問されているんだから」

 すると、ゴーティエは神妙な顔を見せる。

 「うんうん、わかったよ。それじゃ兄貴、いっぱい話すといいよ」

 ルノーが趣味の話を始めた。

 「僕は旅から旅の生活なので、時間があるときは自然のなかをウォーキングするようにしているんだ。詩を読んだりするのも好きだよ」

 「なに気取ってんだよ、兄貴。笑えるね。僕は古いジャズが好きなんだ、スキーもね。本当のことをいうとね、ルノーってすごく子どもっぽいんだよ。気分がすぐれないとすぐに機嫌が悪くなるし、いつも夢見るようなフワフワした顔しているしさ」

 「そんないい加減な人間みたいにいうなよ。なんだよ、自分こそ短気なくせに」

 またまたことばのバトルが始まる。演奏と同様、その対話はあるリズムに支えられ、躍動感に満ち、真剣さとコミカルな味わいが混在している。ただし、ルノーは弟を反応が早く直感型の人間で、非常に多くのものを自分にもたらしてくれるといい、ゴーティエも兄の探求心旺盛で、いつも新しい分野に興味をもつ姿勢を高く評価している。

音楽祭から引っ張りだこの人気者

 だが、どちらが質問にいい答えをするのかでもめ、ときにはげしい言い合いになり、お互いに「プンッ」と横を向いたりしている。ただし、質問に関しては、誠心誠意応えてくれる。

 彼らは現代の作曲家とのコラボレーションにも積極的に取り組み、エリック・タンギー、ティエリー・エスカイヒ、カロル・ベッファのヴァイオリンとチェロのための新作を大いなる喜びをもって演奏している。次世代に残したいという思いを込めて…。こういう話題のときは、お互いに真剣に作品論を闘わせる。

 欧米の音楽祭から引っ張りだこの人気者カピュソン兄弟。ふだんはそれぞれ別の活動を行い、ときどきデュオを行う。流麗で輝かしい音色のルノー、パワフルで熱いパッションを感じさせるゴーティエの響き。フランスから世界の舞台に飛び出した実力派のふたりに、いま世界が熱い視線を送っている。

おかしさがこみあげる二人のやりとり

 このインタビューの様子からはあまり「爆笑」という感じがしないかもしれないが、実際はインタビュー中、私はずっとおなかを抱えて笑っていたほどだ。ふたりのバトルがすごくユニークで、いま思い出してもおかしさがこみあげてくる。

 ゴーティエは演奏と同様、才気煥発。ふたりのバトルを聞きながら、私が下を向いていると、
「ほら、伊熊さんが困惑しているじゃない。ルノー、もっとちゃんとしゃべれよ」
と気遣ってくれる。ルノーがこれに応じて、
「何だって? お前が先にペラペラ余計なことばかりしゃべるから、彼女が困っているんじゃないか。もっと考えをきちんとまとめて、理路整然と話せよ」

 実は、私が下を向いていたのは、必死で笑いをこらえていたからなのだが……。

 その後、ゴーティエにインタビューで会ったとき、「今回はひとりのインタビューだわ」といったら、「やったね!」とVサインを出していた。つい先ごろ、ルノーに電話インタビューをしたときも同じことをいったら、「ああ、よかった」と笑っていた。ホント、このふたり、おかしい!

 ふたりはそれぞれフランスを代表する弦楽器奏者として国際舞台で活躍し、コンサート、音楽祭、教育の場からもオファーが絶えない人気である。性格の違いが音楽の違いを生み出している。まさに演奏は生きた人間が生み出すものという証である。

Minerva Studio/shutterstock.com