群像劇の魅力あふれる
2019年06月18日
三谷幸喜が作・演出した『三谷かぶき 月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと) 風雲児たち』が連日、歌舞伎座を沸かせている。
江戸時代、嵐に遭ってロシアに漂着した伊勢の船乗り、大黒屋光太夫たちがロシアの大地を横断してサンクトペテルブルクまでたどり着き、女帝エカテリーナの許しを得て帰国するまでの10年がかりの物語は、多くの歌舞伎好きと、この作品を目当てに歌舞伎座に足を運んだ演劇ファンを、ともに味方につけたようだ。
6月1日の初日から上演を重ね、演技の進化や演出の小さな手直しなどで日々進化を続ける新作歌舞伎。その舞台をレポートする。(3日と16日の公演をもとに、内容を詳しく記述しています)
開演5分前。午後4時25分になると、黒・柿・萌黄(もえぎ)の三色の定式幕が引かれる。するとそこは荒れる海原。青地に白く砕ける波頭を描いた巨大な布が、舞台一面を覆っている。
花道からスーツ姿でメガネをかけた尾上松也が登場する。口上役の「教授風の男」だ。彼は軽妙に客席とやりとりしながら、この時代の日本の帆船は外洋へ乗り出せないようマストが1本しか許されず、船は非常に不安定だったことを説明。そして天明2年(1782年)12月の大嵐で23隻の船が沈み、ただ1隻生き残った「神昌丸」が、17人の男たちを乗せて太平洋を漂流していることを語る。
波間から、ぼろぼろになった船が現れる。乗っている男たちの頭はみな、髷(まげ)を切り落としたざんばら髪だ。髷は嵐が静まるよう龍神様に供えたのだが、そのかいなく、船はマストも舵(かじ)も失い、漂流が8カ月も続いている。長い髪を左右に垂らした船乗りたちの姿には、「遭難」の深刻さとは不釣り合いな「まぬけ」な感じも漂う。大きな悲劇の最中にあるのに、どこかユーモラスなこの雰囲気が、この劇の基調となっている。
船の上のやりとりから、次第に船乗りたちの人柄がみえてくる。
頭(かしら)の光太夫(松本幸四郎)は、実は経験不足で少々頼りない。
庄蔵(市川猿之助)は不満ばかり口にしているが、愚痴の言い方は気が利いていて、この人の怜悧さがよく分かる。
一人髷を落とさなかった新蔵(片岡愛之助)は自分勝手を貫いている。
小市(市川男女蔵)は嵐の時に頭を打って、ぼんやりしたまま。最年長の久右衛門(坂東彌十郎)は好人物だが頑固だ。船親司(ふなおやじ)の三五郎(松本白鸚)は頼りになり、その息子の磯吉(市川染五郎)はまだ幼さが残る。
この先、17人の仲間たちは、栄養不良や寒さなどで次々と命を落とす。
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