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吉開菜央監督に聞く、作品を「黒塗り」した理由

日本で規制された『Grand Bouquet』の完全版がカンヌで上映

林瑞絵 フリーライター、映画ジャーナリスト

 ポン・ジュノ監督の映画『パラサイト』がパルムドールに輝いた第72回カンヌ国際映画祭(2019年5月14~25日)。韓国映画生誕100年の節目に、史上初となる韓国映画の最高賞受賞となった。

 このカンヌ国際映画祭のカウンター的存在で、五月革命の落とし子と言えるのが監督週間。今年で51回目を数えた。多様な才能の発掘の場として定評があるが、時の人ポン・ジュノも2006年に『グエムル――漢江の怪物』が監督週間に選ばれ、これが彼のカンヌデビュー作となっている。

 この短編部門にダンサー・振付師、映像作家として活躍する吉開菜央(よしがい・なお)監督の『Grand Bouquet(グラン・ブーケ)/いま いちばん美しいあなたたちへ』が選出された。

 本作は、得体の知れない巨大な黒い塊にひとり立ち向かう女性の物語。塊は生命体のようで、何かの意志を持ち攻撃してくるが、意思疎通が取れる相手ではない。言葉を発することができぬ女性が、ようやく口から吐き出すのは、目にも鮮やかな花びら。ついに女性は無残に打ちのめされるのだが、吐き出した花は咲き乱れ、やがて豊かな自然が広がるという15分の短編である。監督の言葉を借りれば、「非力な個でしかないひとりの『人間』が、自分よりも遥かに巨大な力の集合体である『黒い塊』と真っ向から対峙し、敵う相手ではないとわかっていても、自分の言葉、心を、美しい色とりどりの花に変えて身体から絞り出そうとする話」。

15分の短編『Grand Bouquet』の一場面(C)Nao Yoshigai吉開菜央監督『Grand Bouquet(グラン・ブーケ)/いま いちばん美しいあなたたちへ』 (C)Nao Yoshigai

 本作はカンヌに先立ち2018年6月2日から2019年3月10日まで、文化施設ICC(NTTインターコミュニケーション・センター、東京・初台)で開催のメディア・アート展「オープン・スペース 2018 イン・トランジション」にてすでに上映されている。

 しかし、指が折れる表現などが、「ホラー映画のような不快なものは会社の施設で上映するには相応しくない」と問題視され、施設を運営するNTT東日本の要請で、一部黒塗りにするなどの修正を迫られた。そのため、カンヌの地で完全版の世界初上映を迎えたのだ。

 この「規制」話で思い出すのが、1976年に監督週間で紹介された『愛のコリーダ』だ。大島渚監督中期の傑作だが、日本では「猥褻」と見る向きもあった。『Grand Bouquet』と『愛のコリーダ』ではテーマも表現方法も異なるが、双方とも祖国で「規制対象」として睨まれながらも、カンヌでは問題なく完全版でお披露目された。監督週間が作品の芸術的な価値を認め、完全版を上映したという意味では、今回もその歴史をなぞっている。つまり40年以上を経ても、芸術に対する硬直姿勢が変わらず、成長がないのが我が日本と言えそうだ。

 カンヌのプレミア上映直後(2019年5月23日)、吉開監督に作品作りの経緯や表現の規制問題について現地で話を伺った。

吉開菜央監督に聞く、いま言葉を紡ぐということ

「劇場で流せることの貴重さを感じました」

撮影筆者
くらいで大丈夫です。

写真キャプション案は、

カンヌでプレミア上映を迎えた吉開菜央監督
吉開菜央監督=カンヌで 撮影・筆者
――監督週間へのご出品おめでとうございます。先ほど上映がありましたが、ご感想をお聞かせください。

吉開 ありがとうございます。見ている時は緊張が大きく、皆の反応がすごく気になりましたが、最後の方になったらようやく映像に集中できました。やっぱりすごく大きなスクリーン、サウンドだったのでいいなと。劇場で流せることの貴重さを、身に染みて感じていました。

――黒塗りなしでは世界初上映ですね。ただ、こちらの作品は当初は触覚映画(体に振動を与える触覚デバイスを装着し鑑賞する作品)として作られたと聞きます。今回はデバイスなしなので、その意味ではまだ監督が完全に望まれる形の上映ではないのでしょうか?

吉開 いえ、映画館で上映されたのは映画館バージョンとしての完全版でした。今回、映画館用に音を5.1ch(ドルビーデジタル/DTS)で作り直したのもあって、触覚デバイスの振動なしでもすごく楽しめたし、想像力で補う触感に満ち溢れているように思いました。

――一番前で見ていたのですが、すごく振動を感じました。冒頭シーンは震えが伝わるほどの迫力で。

吉開 サブウーファー(低音域専用スピーカー)で低音を利かせているので、床が振動していたと思います。

――世界にはいろんな映画祭がありますが、監督週間はご存知でしたか? どういう感じのところとか。

吉開 そもそも(カンヌ映画祭の中でセクションが)分かれているのを知らなかったし、監督週間があるとは知っていましたが、(カンヌ公式ではなく外部の)別の組織が開催しているというのも知らなかったです。

――歴史的にも作家性を重視して、攻めてる作品を好んで上映してきたセクションです。そこをわざわざ狙ったのかなと思ったのですが。

吉開 配給会社の方からは、「去年までのディレクターだとたぶん難しかったけど、今年からは新しいディレクターに変わって、よりアーティスティックな作品を好んで選ぶと思うから狙っていきましょう」と言われました。

――それは良いアドバイスをいただけましたね。新ディレクターのパウロ・モレッティとはお会いしましたか? 選んだ理由などは聞かれましたか?

吉開 お会いしました。挨拶をして、「ブリリアント(素晴らしい)」みたいな感じでは言われました。でも短い時間だったので、「あとで話そう」と言われただけです。お話は聞いてみたいですね。(追記 この後モレッティから直接以下のコメントをもらえたとのこと)

監督週間ディレクター、パウロ・モレッティのコメント
 短編を撮るのは若い監督で、みな成長すると長編を撮るというイメージがありますが、私はそれは違うと思っています。短編の20分程度の長さに創造性を凝縮させて、密度を高めることで、それは一つの長編と全く同じ価値を持つ作品になります。菜央の作品も、たくさんのアイデアが盛り込まれていて、高い密度で創造性が凝縮されていました。それはまさにこの短編のプログラムで私が見せたかったことと同じでした。

短編『Grand Bouquet(グラン・ブーケ)」/いま いちばん美しいあなたたちへ』の一場面 (C)Nao Yoshigai吉開菜央監督『Grand Bouquet(グラン・ブーケ)/いま いちばん美しいあなたたちへ』の一場面 (C)Nao Yoshigai

「もともとゾーニングするつもりでした」

――この『Grand Bouquet』は注文作品なのでしょうか?

吉開 クライアントワークというよりかは、私と触覚研究者の渡邊淳司さんとのコラボレーション作品を作ろうという話でした。渡邊さんが所属するNTTコミュニケーション科学基礎研究所の企画・サポートのもとで、「触覚と画と音をミックスした触覚映画を一緒に作りませんか」というオファーでした。映画の可能性を広げるチャレンジ精神を持って制作に挑む気持ちは、スタッフ全員と当初から共有し、密な話し合いを重ねました。脚本自体はオファーを受ける1年前に書き、私がかねて作りたいと温めていたものです。予算的にも時間的にもタフでしたが、「今やらないと次いつ作れるかわからない」とプロデューサーの方が背中を押してくれて、そこからは私も強い気持ちでたくさんの人を巻き込み始まりました。

――先方は「触覚を使った作品を作りたい」、そして吉開監督には語りたい話があり、互いの意志がぴったり合ったという感じですよね。そこでなぜ規制という話が出たのか

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