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吉開菜央監督に聞く、いま言葉を紡ぐということ

「戦わない方が得」というマインドの人が「賢い大人」とされてきた

林瑞絵 フリーライター、映画ジャーナリスト

吉開菜央監督『Grand Bouquet(グラン・ブーケ)」/いま いちばん美しいあなたたちへ』 (C)Nao Yoshigai吉開菜央監督『Grand Bouquet(グラン・ブーケ)/いま いちばん美しいあなたたちへ』 (C)Nao Yoshigai

――吉開菜央監督のツイッターで、「女性だけの#metoo発言ではなく、今生きている身体を持つ全ての人の告白に影響を受けた」とありました。続けて「自分一人では決して戦える相手ではない相手に対して、なんとか言葉を紡ごうとしているひと、紡ぎきれなかったひと」ともあります。なぜ、このような方たちに惹かれたのでしょう。

吉開 惹かれたというよりかは、最初にこの『Grand Bouquet(グラン・ブーケ)/いま いちばん美しいあなたたちへ』の脚本を書いた時は、#MeTooの話は考えてなかったんですね。

 でも限られた時間と予算で集中してやらなければならない状況のなか、もっと細かくどういう描写をして具体的に絵にしていこうかと皆で血眼になって考えている最中に、伊藤詩織さんの『Black Box』で読んだことを思い出したり、アラーキー(荒木経惟)のミューズだったKaoRi.さんのnoteを読んだり、それこそ女性だけではなく日大アメフト部タックル問題の選手の会見だとか、一人の人が自分の言葉で多くの人に発信しようとしている姿を見るたびに、このお話との重なりを感じ始めました。詩織さんは本の中で、「自分のためではなく未来の誰かのためを思って、自分のような犠牲者が出ないためにこの本を書いている」ということを書いていて、そのことは自分の作品に繋がるのではないかと制作途中で気づいたんです。

主演の香港の女優・モデルのハンナ・チャンさん吉開菜央監督(右)と主演の香港の女優・モデルのハンナ・チャンさん=撮影・筆者
――『Grand Bouquet』はまさにそういう作品でした。

吉開 そうなんです。全く予想はしていなかったけど、本当にこういう人たちが現に世の中にいるし、それは女性だけではなくて、世界中で言葉を紡ぐ人たちがいることに発奮されました。大変な撮影だったけれど諦めずに最後まで徹底的にやれたのは、そういう人たちの言葉に強く心を動かされた自分がいたからです。

――監督から見ると、今の日本は言いたいことも言いにくい、生きづらい社会と言えそうですか?

吉開 どうなんでしょう。ただ、それこそ#MeTooで詩織さんが発信した時、すごくバッシングも起きたじゃないですか。ネガティブな声の方が目立つんじゃないかというくらいで。

――びっくりですよね(笑)

吉開 その他の多くの人は「あまり言わない方が得」みたいな。「戦わない方が得」「戦わずして勝つ」というマインドの人が多いし、それが「賢い大人」とされてきたのでは? 周りの同年代でもそういう風に言う人が多いです。#MeTooの話自体も最近は言い過ぎて、「なんでもかんでもジェンダーで疲れるよね」と。そう言いたい気持ちもわかりますが、一過性の流行りの話にしてはいけないと思うし、女性以外の話にも気がつくべきだと思います。「声を上げることに対して寛容ではない日本」というのはすごく感じます。それは生きづらさにも繋がっているのかな。

――おっしゃる通り、日本は言わないでやり過ごすマインドは強そうです。もしや今回規制をした人も、面倒に巻き込まれるよりかは「規制した方が楽」というマインドに入ったのかもと思いました。

吉開 そう思います。炎上するよりかは『検閲』しちゃって、私がそれをホームページに書いたことで多少問題になっても「別にいい」みたいな感じだったと思います。

吉開菜央監督『Grand Bouquet(グラン・ブーケ)」/いま いちばん美しいあなたたちへ』 (C)Nao Yoshigai吉開菜央監督『Grand Bouquet(グラン・ブーケ)/いま いちばん美しいあなたたちへ』 (C)Nao Yoshigai

「『アリ』な人も、『ナシ』な人もいるんだと」

――今回の規制は美術界ではどういう反応ですか?

吉開 それもすごい不思議で。企業のイメージアップになりやすいコマーシャル性の強いアートに携わるような人からは、「ま、よくあることだから」と言われて。「そういうのも大丈夫になるくらいビッグになるべき」みたいな(笑)。もちろんどんな展示にもお金の問題はつきものですが、それでもコマーシャルではないアートの志や必要性を理解し、作品に向き合うキューレーターや作家さんたちはすごく一緒に怒ってもらえて。「声を上げるべきだよ」と言ってくれたり。

――そのような方は少数派でしたか?

吉開 半々くらいでした。本当にこんなに「アリ」な人も、「ナシ」な人もいるんだと。なんにも言わない人ももちろんいましたけど。

――私は朝日の記事でこの件を知ったのですが、それこそ美術業界の人が「自分の問題」だと思って追ってくれないのかと思ったのですが。

吉開 一回、美術手帖さんが取材してくれて、「記事にしていいですか」と連絡をくださったんですがどうなったんだろう(追記 カンヌ映画祭後に掲載)。今回の件をホームページに書いたのですが、身内のスタッフからも「それ(を書くの)は良くない」という感じで言われたり。日本は企業が入ってスポンサーをしたり、展示費用を出したりしたら「そういうのはしょうがないのだ」と。「お金を出す人の言うことを尊重するのが一番だ」と。
(追記 5月26日に美術評論家連盟は、「ICC出品作の改変に関する公開質問状」を提出。「われわれは、吉開菜央さんの当該作品は、当然ながらすべての著作物と同じく、同一性保持権を有する自律した芸術作品であり、その内容に対する外部からの検閲、変更や干渉は、著作権及び表現の自律性への侵害ないし損傷にあたると考えます」と疑問を呈した。その後、6月13日にNTT東日本広報室とICCの連名で公開質問状に対し回答があった。「不本意な調整をお詫び」するとともに、「関係者が連携して意思の疎通を図りながら作品制作にあたれるように環境整備と再発防止に努める」とした)

――去年の『万引き家族』の論争にも繋がります。「政府が助成金を出してるんだから、(格差社会、貧困など)日本の悪口は一切言うな」と。でも

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