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統制ではなく自発性。理想のオーケストラを求めて

独自の配置、演奏者の意識改革……自らオケをつくった男の70歳の挑戦

大原哲夫 エディター・作家

最近のコンサートはつまらない?

 古くからのクラシックファンには、こんな経験をされたことはないだろうか。 最近のコンサートはつまらない。確かに技術的には昔に比べ、格段に上手くなったが、 なかなか感動には至らない。なんだかオーケストラのメンバーが生き生きしていない。アマチュアのオケのほうが感動を呼ぶことがある。どうしてだろうか。

 程度の差はあれ、オケのメンバーはいろいろと「忖度」しているようだ。ヴァイオリンなどの弦楽器奏者はコンサートマスター、トップ(首席)より先に飛び出さないように、他の楽器奏者もひとりだけ目立たないように隣の人と合わせる。自発的、自由な意思などを押し殺し、それが習い性となり、そういった感性(芸術性)を麻痺させることにエネルギーを使う。

 そこまで言うと顰蹙(ひんしゅく)を買うかもしれないが、指揮者の意のままに動くのがプロのオーケストラと教育され、音大を出た頃の志に反し、大概は日常の仕事として演奏していることが多い。それでは、与えられた仕事を黙々とこなしているサラリーマンと変わらない。もし演奏している本人がつまらないのだとしたら、発せられる音楽は感動とはほど遠く、観客には本当の音楽の感動は伝わらない。

 オーケストラは、音楽家は、それでいいのだろうか。

父親の反対を押し切りレコード会社に就職

拡大西脇義訓さん
 西脇義訓という、団塊の世代のひとりの音楽好きがいる。65歳にしてオーケストラをつくり、70歳にして指揮者デビュー、オーケストラの理想の響きを求めた。

 なぜ、そんな「酔狂」とも見えることができたのか。そこに至る彼のキャリアを駆け足で見てみよう。

 西脇は学生時代、大学オーケストラではトップクラス、慶応義塾ワグネルソサィティー・オーケストラでチェロを弾いていた。慶応に入学したのはこのオーケストラに憧れたからだという。卒業後は銀行に就職が決まっていたが、募集広告を見て応募したレコード会社にめでたく合格、父親の猛反対を押し切り、勇躍そこに行くことになった。

 1971年、オランダに本社を置くフィリップス・レコードの日本法人であるフィリップス(正式社名は日本フォノググラム)に入社した彼は、内田光子さんや小澤征爾さんを世に出した著名なプロデューサー新忠篤さんの下で働いた。当時のフィリップスは、音楽好きの集まる、仕事は厳しいが素敵な仲間のいる、人間的な、魅力のある会社だった。

 私が西脇と知り合ったのは1989年だった。1991年のモーツァルト没後200年記念イヤーを控え、当時、出版社にいた私は、世界初の全作品収録、CD195枚、書籍15巻(別巻1)に及ぶ『モーツァルト全集』を企画した。その音源がフィリップスで、広報担当の西脇さんとそこで出会ったのである。余談だが、44万円の全集が1万セットも売れた。現在では夢のような話である。

 CDは発明されたばかり、1990年代初頭は、出版社もレコード会社も絶頂の時代だった。ところが、何事も、いいことは長くは続かない。

 90年代後半になると、CDの売り上げは落ち、レコード業界は世界的な再編を余儀なくされた。日本フォノグラムも、ドイツ・グラモフォンやイギリス・デッカと同じユニバーサルという海外資本のもとに統合、合併することになった。外資の親会社のもとでは、売り上げ至上主義が跋扈(ばっこ)することは火を見るより明らかだった。

同僚とレコード会社を立ち上げ

拡大音の良い録音を録る日本でも有数の会社、N&Fを設立。録音中の西脇(手前)と福井。
 意を決した西脇は日本フォノグラムを退社。2001年、同僚の福井末憲とともに、新しいレコード会社を設立。自分たちの手による CDを作りたいという、夢の実現に向けて走りだした。

 社名は西脇、福井ふたりの頭文字をとった、N&F (エヌ・アンド・エフ)。西脇50歳、福井52歳の時である。

 ちょっとここで断っておかねばいけないのだが、日本のレコード会社のクラシック部門は、海外の演奏家、オーケストラの音源を用いた日本バージョンを作ることが主な仕事で、自分たちの手で録音する事は極めて稀だった。

 西脇はいつか、自分の手で理想の録音をしたいと思っていた。オランダの世界的な名録音エンジニア、オノ・スコルツェの薫陶を受け、録音部長していた福井もまた同じ思いだった。

 N&Fは、毎年、松本で行われるサイトウ・キネン・フェスティバル、ジョセフ・リン、宮田大など数々の演奏家や長岡京室内アンサンブル、水戸室内管弦楽団などの録音に携わっていく。そして、チェリスト、青木十良(あおき・じゅうろう)のバッハの「無伴奏チェロ組曲」の3枚のCDなど、後世に残る名盤を世に送り出した。

 プロデューサー・ディレクターとしての西脇、録音エンジニアとしての福井の技量は確かであり、N&Fは知る人ぞ知る、日本で最高の録音をするレコード会社になったのである。大方はこれで十分、大満足というところである。ところが、西脇義訓はさらなる挑戦をするのである。

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筆者

大原哲夫

大原哲夫(おおはら・てつお) エディター・作家

1947年生まれ。小学館版『モーツァルト全集』『バッハ全集』『武満徹全集』『林光の音楽』など全作品CD収録の音楽全集を企画、編集長を務める。 2008年に大原哲夫編集室を開設。 編集、執筆活動のほかコンサートプロデュース、その一方で造形作品絵画を発表。著書、編著に『武満徹を語る15の証言』(小学館)『チェリスト、青木十良』(飛鳥新社)『モーツァルト・伝説の録音』(全3巻・飛鳥新社)『堀越千秋画集』(大原哲夫編集室)ほか。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです