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統制ではなく自発性。理想のオーケストラを求めて

独自の配置、演奏者の意識改革……自らオケをつくった男の70歳の挑戦

大原哲夫 エディター・作家

65歳で自前のオーケストラをつくる

 西脇は大学卒業後もアマチュア・オーケストラの活動を続けながら、理想のオーケストラのあり方を模索していた。2001年にはフランスに行き、ミシェル・コルボの講習会で指揮と発声法の指導をうけたこともある。

 2009年、西脇はバイロイト音楽祭に行き、バイロイト祝祭劇場で聴いたオーケストラの音の響きに圧倒された。 そこでは音楽が天から降りそそぐように、空間に生き生きと自由に広がっていた。これこそが探し求め、思い描いていた音だった。

 2013年、私は西脇から「もはや自分でやるしかない。オーケストラをつくろうと思うんだが」と切り出された。 N&Fの創立から15年、その時、西脇は65歳。なんと彼は自前のオーケストラをつくり、自ら指揮をし、理想の響きを求め、録音をしようというのである。 そんなことだろうと、うすうす感づいていた私は、彼の背中を押した。西脇は自ら資金を投じ、オーケストラづくりに奔走した。

 西脇は桐朋や芸大や東京音大などを卒業した優秀な若手演奏家を頼って声をかけ、メンバーを集めた。なかには他のオーケストラの現役の演奏家もいる。オーケストラ名は、ワグナーの「ニーべルングの指環」"Der Ring des Nibelungen"にちなみ、デア・リング東京オーケストラとした。当初は、録音のためだけに集められたオーケストラだった。そこで理想の響きを求め、新しい実験にチャレンジする。

オーケストラ全員が前を向く

 西脇は、冒頭の写真のように、今まで当たり前に思われていたオーケストラの配置を変えた。職場でもデスクの配置が、意識を変えると言われるが、発想は似ている。

具体的には、全員が横一列に前を向く。第一列はファーストヴァイオリン、第二列はセカンドヴァイオリン、第三列、四列はビオラそしてチェロ、コントラバス、管楽器はトップとセカンドは両端にといった具合である。結果的に、 オケの内部にある序列、ヒエラルキーを取り除くことになる。

拡大新しい オーケストラの配置では、演奏者ひとりひとりがソリスト、コンサートマスター

 当初、この斬新な発想にオーケストラのメンバーは面食らい、戸惑った。しかし次第に慣れ、ひとりひとりがコンサートマスター、あるいはソリストのつもりでホールの中央の空間に音を届かせるように演奏するようになった。 ひとりひとりが主役、責任を持たされ、生き生きと音楽をつくるのである。

目ではなく耳で合わせる

 ボウイング(弓の上げ下げ)も自由にした。目ではなく耳で合わせる。指揮者の指揮棒を目で追うのではなく、全員が他の人の音を聴きながら合わせるのである。単に隣の人と合わせるのではなく、ホール全体の音を聴くのである。指揮者の指示は最小限。命令に従わせるのではなく、自主性を重んじる。演奏者は息を合わせ、気を合わせるのである。

 はじめはバラバラだった演奏が、次第にひとつにまとまってくる。音楽が生き生きしてくる。演奏している本人も楽しい。西脇のオーケストラに参加した若い人たちは、今までとはまったく違った新しい音楽の作り方に感動するのである。

 西脇は、単にオーケストラの配置を変えただけではない。同時に、オケのメンバーである演奏者ひとりひとりの意識を変え、彼らの演奏そのものを変え、今までにない圧倒的な響きを生みだし、ホール全体に響く音楽の質を変えた。

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筆者

大原哲夫

大原哲夫(おおはら・てつお) エディター・作家

1947年生まれ。小学館版『モーツァルト全集』『バッハ全集』『武満徹全集』『林光の音楽』など全作品CD収録の音楽全集を企画、編集長を務める。 2008年に大原哲夫編集室を開設。 編集、執筆活動のほかコンサートプロデュース、その一方で造形作品絵画を発表。著書、編著に『武満徹を語る15の証言』(小学館)『チェリスト、青木十良』(飛鳥新社)『モーツァルト・伝説の録音』(全3巻・飛鳥新社)『堀越千秋画集』(大原哲夫編集室)ほか。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです