メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

無料

統制ではなく自発性。理想のオーケストラを求めて

独自の配置、演奏者の意識改革……自らオケをつくった男の70歳の挑戦

大原哲夫 エディター・作家

大切なのは「空間力」

拡大西脇が目指すのは「空間力」。舞台と客席が一体になる音楽の喜び
 西脇は、オーケストラで最も大切なのは「空間力」だと言う。「空間力」とは西脇の造語で、もちろんまだ『広辞苑』には載っていない。

 音を響かせるホールの響き、オーケストラの演奏者が作り出すホールの響き、このふたつが圧倒的な力となり、空間を支配し、その空間にいる聴衆をも包み込み、舞台と客席とが一体になる。音楽の喜びに満たされる。そういった時間、空間を持つことを、彼は「空間力」という言葉で表現した。

 命令や強制で組織を変えるのではなく、組織を構成しているひとりひとりの力で、組織を変えていく。オーケストラは、北朝鮮のマスゲームではない。本来、アンサンブルというのは、各々少しずつ違うものが、個性を大事にして調和をとることである。統一ではなく、異なるものの調和がハーモニーをつくる。

 オーケストラも組織も、また同じである。組織に属するもの誰もが考えさせられることである。

進化するデア・リング東京オーケストラ

 デア・リング東京オーケストラは、すでに6枚のCDを作成している。

 最初のCDは、2013年のブルックナー交響曲第3番「ワグネル」。以下、チャイコフスキー交響曲第5番、ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」、メンデルスゾーン交響曲第3番「スコットランド」、モーツアルトのヴァイオリン協奏曲第5番、交響曲29番、ハイドン交響曲104番「ロンドン」、モーツアルト交響曲第31番「パリ」と続く。彼らは今まですでに6枚のCDを作り、世に送り出した。その多くは「レコード芸術」誌上で特選盤、推薦盤と高い評価を得ている。

 私は第1回からすべて、彼らの作り出す音楽に立ち会い、CDのライナーノートを書いてきたが、彼らの演奏は回を重ねるごとに進化している。

昨年夏に初の一般公開

 CD録音のためのオーケストラだけではもったいない。デア・リング東京オーケストラの若者たちが作り出すこの響きを、大勢の観客に聴いてもらいたい、西脇も私も同じ思いだった。

 西脇義訓の指揮者、公開デビューは、2018年8月31日、第一回の演奏会が三鷹市芸術文化センター「風のホール」で行われた。

 曲はメンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」とベートーヴェンの交響曲第7番だった。近年出会ったことのない感動的な演奏会だった。「これはもはや事件である」と、『レコード芸術』元編集長は、その時の感動を述べた。この演奏会のライブ録音が、今年9月4日に7枚目のCDとして発売される。

 この日の演奏会にチェリストとして参加したR.T君から、次のようなメールが西脇のもとに届いた。

「聴衆としてあの場にいたかった!」。演奏している自分自身でさえとても満たされた、エキサイティングな時間を過ごせたのですから、お客さん達は本当に大満足ではなかったのでしょうか。
指揮者の価値観に従うという今までの方式とは違い、ひとりひとりが主体性を持ち、皆が個々に解釈し、ボウイングも自由、しかしながら、皆が同じ「空間力」という目標を持つことによって統率できるところがデア・リングの最大の強みだと思いました。
西脇さんは指揮者として、先ずは我々を尊重してくれましたし、既成の価値観や先入観を捨て、独自の解釈も押し付けず、純粋に「音」を引き出してくれました。もう手垢がつきすぎて真っ黒な「ベト7」(ベートーヴェン交響曲第7番)や「イタリア」も、皆で真っさらな気持ちで取り組めたと思います。
こういった指揮者とオーケストラの関係が主流になれば、きっと天国の作曲家達も喜んでくれると思います。(笑) R.T (Vc)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

大原哲夫

大原哲夫(おおはら・てつお) エディター・作家

1947年生まれ。小学館版『モーツァルト全集』『バッハ全集』『武満徹全集』『林光の音楽』など全作品CD収録の音楽全集を企画、編集長を務める。 2008年に大原哲夫編集室を開設。 編集、執筆活動のほかコンサートプロデュース、その一方で造形作品絵画を発表。著書、編著に『武満徹を語る15の証言』(小学館)『チェリスト、青木十良』(飛鳥新社)『モーツァルト・伝説の録音』(全3巻・飛鳥新社)『堀越千秋画集』(大原哲夫編集室)ほか。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです