高齢者、認知症と楽しく生きる俳優の覚え書き(2)
2019年07月20日
「介護と演劇は仲がいい!」
その直感は、介護の仕事に専念してから確信に変わった。それは「介護者は俳優になった方がいい」と「お年寄りほどいい俳優はいない」という二つの実感を持ったからだ。
「介護者は俳優になった方がいい」については、前回、この連載で詳しく書いた。認知症の人を介護する時には、現実や論理にこだわるのではなく、感情に寄り添う関わり方があってもいいのではないか、という考え方だ。それはまさに演技すること、俳優になることだ。
「お年寄りほどいい俳優はいない」。これは老人ホームで働き始めて、すぐに感じたことだった。
老人ホームの廊下で腰が曲がったおばあさんとすれ違ったとき、そのゆったりとした歩みに思わず興奮してしまった。あまりの存在感に「俳優として負ける」と思ったのだ。
理学療法士の三好春樹さんは、著書『老人介護 じいさん・ばあさんの愛しかた』(新潮文庫)で、「年をとると個性が煮詰まるのだ。真面目な人はますます真面目に、頑固はますます頑固に、そしてスケベはますますスケベに」と書いている。確かに、僕が老人ホームで出会ったお年寄りはみな個性的な人々だった。
歩いている姿に、その人の個性や人生がにじみ出ているような気がした。お年寄りは歩いているだけで観客を惹きつける最高のパフォーマーなのではないか。
お年寄りに話を聞くと、80年90年と生きてきた人々なので、人生のストーリーが膨大にある。僕には想像もできないような、激動の時代を生きてきた人々ばかりだ。シベリア抑留の経験があったり、満州で青春時代を過ごしたり、「女性で初めて警察官になった」と話してくれた人もいた。
老人ホームには人生が詰まっている。「医者」「教師」「サラリーマン」「調理師」などあらゆる職種の肩書きを持っていた人々が、一人の年老いた人間として今ここに集まっている。お年寄りにゆっくりと舞台の上を歩いてもらって、その背後に人生のストーリーを流したら、もうそれだけで立派な演劇になるのではないかと思った。
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