2019年07月22日
昆虫好きの人を「虫屋」と言うらしい。その伝に習うなら、私は比較的長く「おまえ屋」をし、「おまえ」採集に取り組んできた。きっかけとなったのは、木村拓哉さんだ。
ドラマの中の「カッコいいキムタク」は、老若男女を問わず誰にでもタメ口で、「おまえ」を連発していた。権威や財力に頓着せず、熱いハートと強い正義感の持ち主。その表れがタメ口で、その人が発する「おまえ」は人との距離を一挙に縮める通行手形。
そう分析し、彼を「おまえ力がある」と表現してきた。
キムタク「HERO」で、フジテレビV字回復への道を勝手に指南
で、彼のおまえ力が最も発揮されるのが、友達以上恋人未満の女子へのおまえ。「おまえさー」「おまえなー」と彼が言うたび、見ている方もドキッとする。それが彼の人気の根幹。と、勝手に論を進めてきた。
だが、昨今、「おまえ」という個体は希少種の昆虫並みに減少していて、その波は彼にも押し寄せている。そう思ったのが、2019年1月公開の『マスカレード・ホテル』だった。
主演は木村で、相手役は長澤まさみ。興行収入40億円超の大ヒット作だが、木村から往年の「おまえ力」は感じられなかった。
時が流れたのだと思う。
一つには木村の年齢。1972年生まれ、今年47歳。いい年のおじさんだ。しかも相手役の長澤は、87年生まれで今年32歳。木村とは15歳も差がある。「おまえ」と長澤を呼ぶかどうか以前に、「あ、次第に惹かれ合うってことなのね」と翻訳しながら見る感じだった。
だが、それより大きいのが世の中の変化だろう。「#MeToo」を知り、東京医科大の入試差別に憤ってしまった私たち。いろいろなことが気にかかる。
例えば長澤は、ホテルに勤務するという役どころ。「私たちホテルマンは」といった台詞もあるし、パンフレットにも「超真面目なホテルマン」と紹介されていた。
「マン」はどうだろうか。そう思う。パンフでも「超真面目なホテルマン」の後ろに「(フロントクラーク)」と補われてはいたのだが。
そんな時代にあって、いくらカッコいいキムタクでも「おまえ」は言いにくかろう。一緒に働く15歳年下の女性への「おまえ」はドキッとするどころか、「パワハラでは?」という疑問を招いてしまう。
と、そこにふってわいたのが、本日の主題、プロ野球中日の応援曲「サウスポー」騒動だ。「お前(おまえ)が打たなきゃ誰が打つ」に対し、今季就任した与田剛監督が「選手に失礼では」と指摘、応援団が演奏を自粛したという。反応の大きさからか、与田さんは自粛発表の翌日、「おまえより名前で呼んでほしい」と説明したそうだ。
プロ野球ファンによると与田さんという人はとても真面目で、解説者時代には穏やかで丁寧な語り口が人気だったという。そういう人だからこそのサウスポー問題だったのではないか。勝手にそう解釈している。
この問題を取り上げた7月7日の「ワイドナショー」(フジテレビ系)がすごく面白かった。まずゲストコメンテーターの石原良純さんが「決めた、決めた、お前と道連れに、とかあったじゃないですか」と言っていた。あ、石原さん、「みちづれ」ですね、70年代に流行った演歌ですよね。あの頃、演歌では「おまえ」が頻出していたけれど、それは愛する人を指す二人称でしたよね。
同世代としてはわかったけど、若い人はどうだろう。と思っていたら、同じくゲストコメンテーターの指原莉乃さんが「おまえ=嫌」とはっきり表明していた。舞台で歌っている時の応援で「おまえ」はギリギリありだとしても、握手会で言われたら、気持ち悪い。「誰?」と聞き返す、と言って、後ろを見るそぶりをしていた。
司会の東野幸治さんが「ワイドナ高校生」(という可愛い女子が毎回出演する)に「おまえが好き、とか告白されたらどう?」と聞くと、「『彩奈だよ』って言う」と答えていた。今どきの女性2人から、きっぱり拒否られる「おまえ」。
ただし出演者全員、応援歌の「お前」は問題ないという立場だった。それが大抵の見方だと思う。が、与田さんという真面目な人は、指原&彩奈の視点を理解していたのではないかと思うのだ。少なくとも、「人をおまえって呼ぶって、あんまりよくないのでは」というアラームが与田さんの中で鳴った。だから応援歌だってダメでは? 生真面目な人ゆえに、そう口にしてしまったのではないかと想像している。
こんなふうに与田さんの味方をしているのは、今の「おまえ」って「男子の部室」用語ではないかしらと思うからだ。部室といえば、まずは運動部。プロ野球の世界にあって、そのようなアラームを持つ人は実に貴重だと思う。与田さんは「部室」に現れた良心かも。
などと盛り上げたのは、最近、採集した「おまえ」の影響が多分にある。映画『新聞記者』の中の台詞だ。
外務省から内閣情報調査室(内調)に出向している主人公・杉原(松坂桃李)は、
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください