メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

中日応援歌の「お前」とキムタクと『新聞記者』と

矢部万紀子 コラムニスト

中日の与田剛監督応援歌の歌詞にある「お前」という言葉に抵抗感を示した中日の与田剛監督

 昆虫好きの人を「虫屋」と言うらしい。その伝に習うなら、私は比較的長く「おまえ屋」をし、「おまえ」採集に取り組んできた。きっかけとなったのは、木村拓哉さんだ。

 ドラマの中の「カッコいいキムタク」は、老若男女を問わず誰にでもタメ口で、「おまえ」を連発していた。権威や財力に頓着せず、熱いハートと強い正義感の持ち主。その表れがタメ口で、その人が発する「おまえ」は人との距離を一挙に縮める通行手形。

 そう分析し、彼を「おまえ力がある」と表現してきた。

 で、彼のおまえ力が最も発揮されるのが、友達以上恋人未満の女子へのおまえ。「おまえさー」「おまえなー」と彼が言うたび、見ている方もドキッとする。それが彼の人気の根幹。と、勝手に論を進めてきた。

 だが、昨今、「おまえ」という個体は希少種の昆虫並みに減少していて、その波は彼にも押し寄せている。そう思ったのが、2019年1月公開の『マスカレード・ホテル』だった。

 主演は木村で、相手役は長澤まさみ。興行収入40億円超の大ヒット作だが、木村から往年の「おまえ力」は感じられなかった。

 時が流れたのだと思う。

 一つには木村の年齢。1972年生まれ、今年47歳。いい年のおじさんだ。しかも相手役の長澤は、87年生まれで今年32歳。木村とは15歳も差がある。「おまえ」と長澤を呼ぶかどうか以前に、「あ、次第に惹かれ合うってことなのね」と翻訳しながら見る感じだった。

 だが、それより大きいのが世の中の変化だろう。「#MeToo」を知り、東京医科大の入試差別に憤ってしまった私たち。いろいろなことが気にかかる。

 例えば長澤は、ホテルに勤務するという役どころ。「私たちホテルマンは」といった台詞もあるし、パンフレットにも「超真面目なホテルマン」と紹介されていた。

 「マン」はどうだろうか。そう思う。パンフでも「超真面目なホテルマン」の後ろに「(フロントクラーク)」と補われてはいたのだが。

 そんな時代にあって、いくらカッコいいキムタクでも「おまえ」は言いにくかろう。一緒に働く15歳年下の女性への「おまえ」はドキッとするどころか、「パワハラでは?」という疑問を招いてしまう。

与田監督が「お前」を嫌がったワケ

 と、そこにふってわいたのが、本日の主題、プロ野球中日の応援曲「サウスポー」騒動だ。「お前(おまえ)が打たなきゃ誰が打つ」に対し、今季就任した与田剛監督が「選手に失礼では」と指摘、応援団が演奏を自粛したという。反応の大きさからか、与田さんは自粛発表の翌日、「おまえより名前で呼んでほしい」と説明したそうだ。

 プロ野球ファンによると与田さんという人はとても真面目で、解説者時代には穏やかで丁寧な語り口が人気だったという。そういう人だからこそのサウスポー問題だったのではないか。勝手にそう解釈している。

 この問題を取り上げた7月7日の「ワイドナショー」(フジテレビ系)がすごく面白かった。まずゲストコメンテーターの石原良純さんが「決めた、決めた、お前と道連れに、とかあったじゃないですか」と言っていた。あ、石原さん、「みちづれ」ですね、70年代に流行った演歌ですよね。あの頃、演歌では「おまえ」が頻出していたけれど、それは愛する人を指す二人称でしたよね。

 同世代としてはわかったけど、若い人はどうだろう。と思っていたら、同じくゲストコメンテーターの指原莉乃さんが「おまえ=嫌」とはっきり表明していた。舞台で歌っている時の応援で「おまえ」はギリギリありだとしても、握手会で言われたら、気持ち悪い。「誰?」と聞き返す、と言って、後ろを見るそぶりをしていた。

指原莉乃さん指原莉乃さんも「おまえ」と呼ばれることに拒否反応

 司会の東野幸治さんが「ワイドナ高校生」(という可愛い女子が毎回出演する)に「おまえが好き、とか告白されたらどう?」と聞くと、「『彩奈だよ』って言う」と答えていた。今どきの女性2人から、きっぱり拒否られる「おまえ」。

 ただし出演者全員、応援歌の「お前」は問題ないという立場だった。それが大抵の見方だと思う。が、与田さんという真面目な人は、指原&彩奈の視点を理解していたのではないかと思うのだ。少なくとも、「人をおまえって呼ぶって、あんまりよくないのでは」というアラームが与田さんの中で鳴った。だから応援歌だってダメでは? 生真面目な人ゆえに、そう口にしてしまったのではないかと想像している。

映画『新聞記者』で怖かった「おまえ」

 こんなふうに与田さんの味方をしているのは、今の「おまえ」って「男子の部室」用語ではないかしらと思うからだ。部室といえば、まずは運動部。プロ野球の世界にあって、そのようなアラームを持つ人は実に貴重だと思う。与田さんは「部室」に現れた良心かも。

 などと盛り上げたのは、最近、採集した「おまえ」の影響が多分にある。映画『新聞記者』の中の台詞だ。

 外務省から内閣情報調査室(内調)に出向している主人公・杉原(松坂桃李)は、

・・・ログインして読む
(残り:約1284文字/本文:約3400文字)