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千数百年の時を超え川上弘美の新作に「転生」

古典資料は現代芸術とつながる

有澤知世 国文学研究資料館特任助教・古典インタプリタ、神戸大学人文学研究科助教

日記も旅も料理も……「古典籍」って幅広い

 ひとくちに古典籍と言ってもその内容は様々だ。物語、和歌、俳諧、日記、歴史、地図、旅行、医学、料理、旅行、服飾など多岐にわたる。

 ひとつひとつの「本」に、文字や絵で、我々の祖先の知恵や教訓が、あるいは普遍的な欲求や不安、哀しみ、歓び、生と死がつづられている。また、それぞれの「本」が、大切に受け継がれ、もしくは波乱万丈な道のりを経て、国文研までやってきた「物語」も背負っている。

 例えば、書物の持主が、自分の蔵書であることを示すために捺(お)す蔵書印から、その本が持つ「物語」を垣間見ることができる。普通は自分や文庫の名前が分かるような印が捺されるのだが、中には「本を海に落としてしまったことを戒めるための印」や「戦火から免れたことを記す印」等がある。本に対する所蔵者の思い入れを込めた蔵書印は、デザインが面白いのは勿論のこと、かつてその書物を愛した人がいたこと、そしてそれが時を越えて伝わってきたことを実感させてくれる。

 これらの集合体は、日本人の、そして人間のアイデンティティと歩みを解き明かしたり、支えたり前進させてくれたりする、豊かな文化的財産なのである。

 国文研に集積された、この大きな「知」を活用しているのは、いまのところ日本文学の研究者が大半だ。でも、もっと幅広い人たちにもこの「財産」に触れ、役立ててほしい。たとえば、別の分野で活躍する人たちが触れると、どのような化学変化が起きるだろうか――。そんな想いで2017年10月から始まったプロジェクトが「ないじぇる芸術共創ラボ ―アートと翻訳による日本文学探索イニシアティブ― 」だ。

国文学研究拡大「ないじぇる芸術共創ラボ」のロゴマーク

 「ないじぇる」とは、国文研の英語名称:National Institute of Japanese Literatureの頭文字「NIJL」をひらがな読みさせたものだ。

 このプロジェクトの目標は、国文研の「知」を開放し、異なるフィールドでも積極的に古典籍を発見、活用してもらうことだ。具体的には「アーティスト・イン・レジデンス(AIR)」、「トランスレーター(翻訳家)・イン・レジデンス(TIR)」を実施している。

 AIRというのは、一般的に、芸術家がある場所に一定期間滞在(レジデンス)して、集中してリサーチや創作に取り組むことだが、国文研には今のところレジデンス施設がないため、定期的に来館してもらうスタイルをとっている。ここでは、古典籍を介して、芸術家や翻訳家と研究者がワークショップを重ね、ともに新たな文化的価値を創り出す活動をしている。研究機関でのTIRは世界でも例のない取り組みのようだ。

 私が就いている「古典インタプリタ」という職も、このプロジェクトのために新設された。

 「ないじぇる」のAIRには、スタート当時から、川上弘美さん(小説家)、長塚圭史さん(劇作家、演出家、俳優)、山村浩二さん(アニメーション作家)といった、各分野の第一線で活躍するクリエーターが参加してくれている。またTIRには“One Hundred Poets, One Poem Each” (『英訳・小倉百人一首』)などで知られるピーター マクミランさんが同じく開始当初から参加している。さらに2018年7月からは梁亜旋(りょう・あせん)さん(現代芸術家)、同年10月からは松平莉奈さん(日本画家)という新進気鋭の若手アーティストも加わった。

国文学資料拡大(右から)ロバート キャンベル国文学研究資料館長、「ないじぇる芸術共創ラボ」参加メンバーのピーター マクミランさん。山村浩二さん、長塚圭史さん、筆者

 「ないじぇる芸術共創ラボ」のロゴは三つの木がモチーフになっている。これは古典籍の森をイメージし、木はそれぞれ、古典籍、AIR・TIR、それを繋ぐ古典インタプリタを象徴している。そして、研究者コミュニティ・古典籍と現代社会とを、古典インタプリタが繋ぐという意味を込めたモチーフでもある。

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筆者

有澤知世

有澤知世(ありさわ・ともよ) 国文学研究資料館特任助教・古典インタプリタ、神戸大学人文学研究科助教

日本文学研究者。山東京伝の営為を手掛りに近世文学を研究。同志社大学、大阪大学大学院、日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、2017年10月、国文学研究資料館特任助教に。「古典インタプリタ」として文学研究と社会との架け橋になる活動をしている。2020年10月、神戸大学人文学研究科に着任し、クロスアポイントメント協定のもと、国文学研究資料館と兼任。博士(文学)。

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