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千数百年の時を超え川上弘美の新作に「転生」

古典資料は現代芸術とつながる

有澤知世 神戸大学人文学研究科助教

平安貴族は夫婦で食事をする?

 レジデンスプログラムでは、まず参加者が何に関心を持っているのかを探り、国文研の内外からその分野に詳しい研究者を呼んでワークショップを設定する。そこでは、豊富な古典籍を間に挟んで、参加者と研究者が、互いの専門知と想像力をもって自由な議論を重ねてゆく。時には身体を動かしたり、古典籍の複製本を作ったり。様々な発想が刺激となってテーマへの理解が深まり、新しい芸術が生まれてくる。

 そうしたワークショップをコーディネートしてプログラムを運営しつつ、その模様をウェブサイトやSNSで発信したり、成果を伝えるイベントを企画したりするのが、私、古典インタプリタの役目となる。

国文学研究拡大「伊勢物語」の資料を見る川上弘美さん

 ワークショップは興奮の連続だ。

 たとえば川上弘美さんは、2018年初めから、雑誌「婦人公論」に「三度目の恋」という小説を連載している。主人公は現代を生きる女性・梨子だが、作中には明らかに、あるいは分からないように、モチーフになっている「伊勢物語」のさまざまなエピソードが登場する。

 川上さんはワークショップの中で、平安文学の専門家に、普通の辞書や解説には書かれないような、当時の生活や文化の詳細についてたずねている。

 たとえば、平安時代の貴族の夫婦は一緒に食事をすることがあったのかどうか。恋人の許へ訪れた翌朝、男性はどこから出勤するのか。

 こういった質問に対して、研究者は作品の細部や絵画資料などから的確な用例を示し、川上さんへわかりやすく解説する。ワークショップでは、当時の日記や物語には男女が食事を共にする描写はほとんど見られないものの、平安時代に書かれた「落窪物語」には、夫婦であれば同室で食事する様子や、宮仕えしている身分であれば、主人の下がりものを調理しなおして夫婦で食べる様子が描かれていることが示された。

 川上さんは、「(昔のことのなかで)一番分からないのは生活の細部で、それが分かった時、小説が書けるという手ごたえを感じました」と語っている(インタビュー『三度目の恋』執筆秘話 ―『伊勢物語』のかかわりについて ―) 

国文学研究拡大「伊勢物語絵巻」(部分、国文学研究資料館蔵)

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筆者

有澤知世

有澤知世(ありさわ・ともよ) 神戸大学人文学研究科助教

日本文学研究者。山東京伝の営為を手掛りに近世文学を研究。同志社大学、大阪大学大学院、日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、2017年1から21年まで国文学研究資料館特任助教。「古典インタプリタ」として文学研究と社会との架け橋になる活動をした。博士(文学)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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