小木田順子(こぎた・じゅんこ) 編集者・幻冬舎
1966年、長野県生まれ。90年、PHP研究所に入社。PHP新書創刊に携わる。2005年、幻冬舎に入社し、幻冬舎新書の創刊に携わる。気がつけば、編集者人生の大半を新書編集者として過ごしている。担当した本は村山斉『宇宙は何でできているのか』(新書大賞2011)、香山リカ『しがみつかない生き方』、國分功一郎『来るべき民主主義』など。書評誌『いける本・いけない本』編集長も務める。
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
話は哲学対話から離れる。
「オープンダイアローグ(OD)」という言葉を聞いたことがあるだろうか。1980年代にフィンランドで開発された精神病の治療法だ。医師・看護師・心理士などの専門家と患者本人、家族が車座になって対話することで、薬物治療や入院治療に依らずに、統合失調症がめざましく改善する。
精神科医の斎藤環さんはこのODに魅せられ、日本での普及活動を精力的に進めている。斎藤さんの新刊『オープンダイアローグが開く精神医療』(日本評論社)では、「オープンダイアローグ実践のための12項目」が紹介されている。
「幻覚や妄想を否定せず、異なった視点を『接続』し、体験を『共有』『交換』する」「『変化』や『改善』を目標としない」等々。詳細は本に譲るが、梶谷さんの哲学対話のルールにとてもよく似ていることに驚いた。
とある公開対談では、斎藤さんは、「現場を改善しようと思っても、いろいろなことに縛られうまくいかない」という精神科入院病棟に勤務する人からの質問に対して、「患者さんが安心して言いたいことが言える、何を言っても大丈夫という環境をつくるのが、ともかく大切」と答えていた。それを聞いて、やはり哲学対話と同じだと思った。
さらに話は飛躍する。
「れいわ新選組」に寄付をした人には、貧困や病気、障害を抱えた人が目立ったと、朝日新聞で読んだ(7月28日「れいわ、積み上げた票と金 生きづらさ抱える人ら支える」)。ある男性は、世の中から見放されてきた自分が初めて共感してもらったように感じたという。
「あなたが生きづらいのは、あなたのせいではない。あなたには存在しているだけで価値がある」という、山本太郎氏の演説には、私も心を揺さぶられた。
そして、山本太郎氏の言葉で救われる思いと、哲学対話を終えた後に感じる晴れやかな気持ちは、どこかで繋がっているのではないかと思うのだ。
そう。貧困に苦しむ人にも、精神の病を抱えた人にも、自分のような今はひとまず強者の側にいる人にも。どんな人にも、生きていくためには、「生産性」などの言葉で値踏みされない場、ウケるとかデキるとか売れるなどと値踏みされずに自由に話せる場が必要なのだ。
そんなやや?苦しいこじつけを、ひとまずの結びにしつつ、最後にもうひとつご紹介したいことがある。
今回の哲学対話を企画してくれた「代官山人文カフェ」では、2017年10月から、人文書の様々なテーマについての「対話」イベントを行っている。最近は大小書店でイベント花盛りだが、読者参加型の「対話」にこだわって続けているところは、ここぐらいではないだろうか。
主催しているのは、代官山蔦屋書店の宮台由美子さん。以前に勤務していた書店で、多くのトークイベントやサイン会を企画した経験から、「お客さまにさらに喜んでもらえる、参加して本当によかったと思えるスタイルはないか」と考え、対話に行き着いた。
人文書を手にとってもらうハードルを下げたいというねらいもあり、初回では『今夜ヴァンパイアになる前に――分析的実存哲学入門』(L.A.ポール著)という名古屋大学出版会!のバリバリの人文書を、「人生を変える選択肢にベストアンサーはあるか?」というぐっと身近な問いに引き寄せてとりあげた。
参加した人はみな嬉しそうに帰っていき、宮台さん自身も、人数の多い少ないに関係なく、毎回とても手ごたえを感じているそうだ。ときには、場にそぐわない発言をする人もいるが、決して場が荒れることはなく、「対話のマジック」を感じているという。
今回の終了後、宮台さんは早速、梶谷さんに「次はどんなかたちでやりましょうか」と相談していたので、「哲学対話」も「代官山人文カフェ」定番メニューの仲間入りを果たした模様だ。
「一人でなくみんなと読む」「みんなと考える」かけがえのない体験の場として、ぜひ一度ご参加をお薦めしたい。