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原発事故 「被害」と「加害」に引き裂かれた私

50年の歴史を演劇「福島三部作」で問う

谷 賢一 劇作家・演出家・翻訳家

 福島原発の半世紀の歴史を考え、演劇を通して語る大型企画に、気鋭の劇団が取り組んでいる。原発事故を足元から見つめようと2年半かけて取材した成果を劇化した三部作の一挙上演だ。作・演出した谷賢一さんがつづる。あの事故はなぜ起きたのか。それは私たちとどうつながっているのか。

母は浪江町出身、父は原発でも働いた技術者

 演劇界ではときどき「三部作」という事件が起きる。

 かつては蜷川幸雄が演出したギリシャ悲劇をもとにした『グリークス』や、新国立劇場が上演したシェイクスピアの歴史劇『ヘンリー六世』など、一本約2~3時間の作品を3連続、休憩なども入れると8~10時間かけて上演するという事件が。

 今年、私は『福島三部作』と銘打って、1961年から2011年まで、50年にわたる福島県と原発の歴史を概観する「福島三部作事件」を自ら起こしてみた。

 私はもともと福島県の生まれだ。そしてもちろん、強い郷土愛を抱いている。
3・11後の原発事故で母親の実家のあった浪江町は全町避難になってしまったから(今は解除)、事故当時のショックと憤りには大変なものがあった。

 しかし私は、母の血筋では原発事故の被害者側に立っているが、父親はかつて原発でも働いていた電気技術者であり、父の血筋で言えば加害者側に立っているとも言える、やや複雑な背景を持っている。小さいころ父親からは何度も、原発ってのは大きくて、ピカピカしてて、日本の技術の粋を尽くした最先端の施設であり……と自慢話を聞かされたものだ。実際、高校生になってチェルノブイリ原発事故(86年)を知り、東海村JCO臨界事故(99年)などに触れるまでは、原発に危ないイメージなど全く持っていなかったというのが正直なところだ。

 加害者ということで言えば、あの事故は「東京電力」福島第一原発が起こした事故であり、経営主体であった東電のみならず、東京都民全員がうっすらと加害者であったと私は言いたい。

 原発事故の被害者と加害者、二つの立場に足をかけている身として、原発を取り巻く複雑さについてはずっと問題意識を持ち続けてきた。原発は、もちろんまず安全性の面で大きな問題があるが、それ以上に政治的・経済的に根深い問題を数多くはらんでおり、それらを明らかにするような芝居を作りたいと考えた。

 なぜ演劇でと思われるかもしれないが、演劇とは立場の違う人間同士がお互いの価値観をぶつけ合う芸術である。様々な立場の人間の価値観が絡み合う原発問題を描くには、うってつけなのである。

福島三部作拡大福島三部作の第一部『1961年:夜に昇る太陽』=田子和司氏撮影



筆者

谷 賢一

谷 賢一(たに・けんいち) 劇作家・演出家・翻訳家

1982年、福島県生まれ、千葉県柏市育ち。劇団DULL-COLORED POP主宰。明治大学と英国ケント大学で演劇学を学ぶ。2013年、翻訳・演出した『最後の精神分析』で第6回小田島雄志翻訳戯曲賞、文化庁芸術祭優秀賞を受賞。近作に、神奈川芸術劇場『三文オペラ』(上演台本・演出)、新国立劇場『白蟻の巣』(演出)、ホリプロ『わたしは真悟』(脚本)、東宝『死と乙女』(演出)、Bunkamura『PLUTO』(上演台本)など。脚本や演出補としてシルヴィウ・プルカレーテ、フィリップ・デュクフレら海外演出家とのコラボレーションも多い。

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