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旧避難区域に誕生した柳美里さんの新刊書店

長岡義幸 フリーランス記者

自宅に設けた書店「フルハウス」で語る柳美里さん=4日、福島県南相馬市拡大柳美里さんが自宅に設けた書店「フルハウス」で=福島県南相馬市

 福島の旧避難区域で新規書店が開業した。南相馬市小高区に転居した作家の柳美里さんが2018年4月9日、常磐線小高駅から徒歩3分ほどのところに立ち上げた書店「フルハウス」だ。自宅兼用の店舗は、帰還を断念した住宅設備会社から譲り受けたものの、事業に要する費用については、住民の戻っていない旧避難地域では商売は成り立たないと銀行融資を断られ、一部クラウドファンディングなどによる資金援助が寄せられたなかでの船出だった。柳さん自身は、修繕やハウスクリーニングなどの費用を加えると3000万円の借金を背負うことになった。

 柳さんが書店開業を目指したきっかけのひとつは、原発事故後、南相馬市原町区に仮設校舎を置いていた県立小高工業高校と県立小高商業高校が17年4月、統合して新生「小高産業技術高校」となり、小高区に校舎を戻すことになったからだ。避難指示は解除されたものの、街に帰った住人はまばら。暗くなったころ帰宅する高校生が電車を待つ間、気軽に立ち寄れる場所をつくりたいと考えたという。

 もうひとつきっかけがある。柳さんが警戒区域に一時帰宅する避難者に同行したときのことだ。家のなかに入ると、書棚が倒れたまま、雨漏りなどで本が腐っていた。それを見て避難者は涙した。津波ですべての本を失ったことに心を痛めている人もいた。そんな人々の思いに触れて、被災者に再び本を届けられないかと考えたのだ。

 柳さんは、オシャレ系のいわゆるセレクト書店ではなく、高校生や高齢者の需要にも応えられる書店を目指していたのである。

 当初、柳さんは、大手取次との取引は厳しいと考えていた。開店前に私が柳さんを取材した折り、いまや個人による新規書店の開業はほぼ皆無、大手取次との取引もハードルが高いと話してしまった。ところが17年11月、柳さんが岩手県の被災地を訪問していたとき、たまたま「柳さんですか。小高で書店をやるそうですね。取次は決まりましたか」と尋ねる人がいた。取次の日本出版販売の社員だった。

 柳さんは「そこがネックなんです」と答えると、社員は「それならうちでやりませんか。いま社長もきているので5分待ってください」と応じ、やってきた平林彰社長を前に「やっていいですか。やらせてください」と頼み込んでくれたそうだ。偶然にも、平林社長ら一行も被災地を視察するために、柳さんが滞在した同じホテルに宿泊していたというめぐりあわせだった。

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筆者

長岡義幸

長岡義幸(ながおか・よしゆき) フリーランス記者

1962年生まれ、福島県小高町(現・南相馬市)出身。国立福島工業高等専門学校工業化学科卒業、早稲田大学第二文学部3年編入学後、中退(抹籍)。出版業界紙『新文化』記者を経てフリーランスに。出版流通・出版の自由・子どもの権利・労働などが主な関心分野。著書に『「本を売る」という仕事――書店を歩く』(潮出版社)、『マンガはなぜ規制されるのか――「有害」をめぐる半世紀の攻防』(平凡社新書)、『出版と自由――周縁から見た出版産業』(出版メディアパル)ほか。震災・原発事故関連の共著書に『除染労働』(三一書房)、『復興なんて、してません――3・11から5度目の春。15人の“いま”』(第三書館)なども。