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旧避難区域に誕生した柳美里さんの新刊書店

長岡義幸 フリーランス記者

県立ふたば未来学園高校(広野町)生徒たちに演出する柳美里さん(右)拡大柳美里さん(右)は演劇活動も再開した。福島県立ふたば未来学園高校(広野町)の生徒たちに演出する柳さん=2019年3月4日

書店にブックカフェと劇場を加えて

 開店時、副店長の柳朝晴さんに売れ行きを聞いたところ、初日は購入客数80人、販売冊数141、売り上げ18万50円に達した。休店日を除く7日間では、客数330人、販売631冊、売り上げ86万9660円と順調さを維持し、初期在庫の1割以上が売れた。取次の担当者からは「いい数字。月商300万円を目指して頑張りましょう」と言ってもらえたという。

 書店の粗利益率は、小売業としては最低レベルに近い2割強しかない。月300万円の売り上げなら、60万円ほどの粗利だ。ここから地代・家賃や光熱費、外商用のクルマのガソリン代、あるいはローンの返済など諸々の経費を差し引けば、人件費に使えるのは30万円前後になる。生業として新刊書店が成り立つ最低ラインが月商300万円というわけだ。既存の街の本屋でさえ、これを大きく割り込んでいるところがかなりあり、新規参入書店にとってはなおさらハードルは高い。

 震災直前、人口1万3000人近くだった小高区は、16年7月の避難解除を経ても帰還者や移住者を合わせた居住人口は18年3月末時点で2640人に過ぎず(今年7月末現在3606人)、いまや商圏人口が1万人を超えていても既存書店の存続が危ういのに、その半分以下の人口ではとうてい商売として成立しそうにないのは、傍目でもわかることだった。

 そんななかフルハウスは幸先のいいスタートを切ることができた。でも、開店から1年を経ても出版物の売り上げだけでは、まだ人件費を出せていないという。柳さんが飛び込んだのは、実はそんな過酷な世界であったのだ。

 とはいえ、柳さんの著作を筆頭に、料理や園芸、ガーデニングのような実用書から1万円を超える写真集まで、様々な本が人気だ。私が仕入れを勧めた月刊誌『現代農業』も棚にある。地元の人だけでなく、柳さんの著書を求めて全国からやってくる読書家もいる。被災地に心を寄せる人々のランドマークのひとつとしても定着しているようだ。

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筆者

長岡義幸

長岡義幸(ながおか・よしゆき) フリーランス記者

1962年生まれ、福島県小高町(現・南相馬市)出身。国立福島工業高等専門学校工業化学科卒業、早稲田大学第二文学部3年編入学後、中退(抹籍)。出版業界紙『新文化』記者を経てフリーランスに。出版流通・出版の自由・子どもの権利・労働などが主な関心分野。著書に『「本を売る」という仕事――書店を歩く』(潮出版社)、『マンガはなぜ規制されるのか――「有害」をめぐる半世紀の攻防』(平凡社新書)、『出版と自由――周縁から見た出版産業』(出版メディアパル)ほか。震災・原発事故関連の共著書に『除染労働』(三一書房)、『復興なんて、してません――3・11から5度目の春。15人の“いま”』(第三書館)なども。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです