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ゆるい、かわいい、もう一つの日本美術

話題の府中「へそ展」から、日本橋の「素朴絵」へ

金子信久 府中市美術館学芸員(日本美術史)

梅の古木に展覧会の日々を思う

 多くの禅画を描いた江戸時代の僧、仙厓義梵(せんがい・ぎぼん)のアトリエだった福岡市博多区の幻住庵には、数回うかがった。

 屛風(びょうぶ)の大作を是が非でもお借りしたくて、ご住職に手紙を差し上げ、その後、恐る恐る電話をした。訪問を許されて門をくぐり、承諾をいただいた時には、飛び上がりたくなるほど嬉しかったし、大きな光がさした気がした。

 その後、作品の撮影にうかがった際には、非公開の境内にある仙厓ゆかりの旧跡を案内していただいた。その時に見たのが、仙厓が福岡藩主から賜った「雲井の梅」。美しく紅葉していた梅の古木は、作品の拝借時の2月末には、見事な紅い花を枝いっぱいに咲かせていた。そして閉幕後、返却にあがった時には青々と葉をつけていて、それを見た時には、展覧会を準備してきた時間がしみじみと思い起こされた。とにかく思い出の多い展覧会である。

もう一つの美術拡大仙厓義梵の屛風の撮影風景=福岡市の幻住庵

不可解な魅力たたえる美術を集めて

 人が惹(ひ)かれるのは、きれいなものや立派なものだけではない。拙(つたな)いものや不可解なものを見て、なぜか魅力を感じることがある。多くの人の中にあるそんな心の働きを「へそまがりの感性」と名付けて、そこから生まれた美術を眺める。

 「へそ展」の趣旨は、そのようなものだった。

 この企画の大もとには、『日本おとぼけ絵画史 たのしい日本美術』(講談社、2016年)という拙著がある。編集者の発案に始まったこの本は、意図的に拙く描いた絵、きれいではないものを表現した絵を集め、それが日本美術の表現の重要な一面であることを紹介した内容である。

もう一つの美術拡大江戸後期の絵師、岸駒(がんく)が描いた「寒山拾得図」(敦賀市立博物館蔵)
  例えば禅画。よく画題となる中国・唐代の2人の僧、「寒山(かんざん)拾得(じっとく)」のように、禅画の登場人物は薄気味悪かったり破天荒だったりする。家に飾って眺めたいとは思わないような絵が多い。しかし、そうした気持ちの悪さこそが、世俗の常識的な考えを超えた禅の境地を示唆しているのである。

 あるいは、文人が描く南画。技巧的な描写で大衆受けする絵を俗なものだとし、たどたどしい線や形にこそ純粋で高潔な心が宿るとした文人たちの、極めて強い意思や美意識から生まれた美術である。

 実は、日本絵画の決してマイナーではないいくつかの分野が、このように「常識的な美しさ」や「上手さ」を否定するところから生まれている。

 1970年代にイラストやマンガの世界で生まれた「ヘタウマ」もそうだ。そのほか、へそ展には、将軍や大名が描いた絵、突拍子もない形に描かれたもの、「苦み」を味わうために描かれた作品などが並んだ。会場では笑い声が聞かれ、私自身も、その和やかな空気を満喫した。

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筆者

金子信久

金子信久(かねこ・のぶひさ) 府中市美術館学芸員(日本美術史)

1962年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。専門は江戸時代絵画史。企画担当展覧会は「司馬江漢の絵画 西洋との接触、葛藤と確信」「亜欧堂田善の時代」「動物絵画の100年 1751-1850」「かわいい江戸絵画」「歌川国芳 21世紀の絵画力」「リアル 最大の奇抜」「へそまがり日本美術」ほか。著書は『もっと知りたい長沢蘆雪』(東京美術)、『めでる国芳ブック』(ねこ・おどろかす・どうぶつ、大福書林)、『日本美術全集』(14「若冲・応挙、みやこの奇想」・15「浮世絵と江戸の美術」、共著、小学館)、『たのしい日本美術 江戸かわいい動物』(講談社)など。

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