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三浦百恵さんのキルト集『時間の花束』は叫ばない

矢部万紀子 コラムニスト

1979年1979年当時の三浦(旧姓・山口)百恵さん。今年1月で60歳になった

 三浦百恵さんの著書『時間(とき)の花束 Bouquet du temps――幸せな出逢いに包まれて』(日本ヴォーグ社)の初版10万部が完売したと、ネットニュースが報じていた。販売前に予約をし、即入手、完売に貢献した1人である。百恵ファンとしては、当然のことだ。

 感想を一言で言うなら、すごく抑制的な本だった。目立たない、控えめでいく。その意思が伝わってきた。

三浦百恵さんの著書『時間(とき)の花束 Bouquest du temps――幸せな出逢いに包まれて』(日本ヴォーグ社)三浦百恵著『時間(とき)の花束 Bouquet du temps――幸せな出逢いに包まれて』(日本ヴォーグ社)
 カバーのほぼ半分を「帯」が覆っている。<引退後の30数年間、時間を丁寧に紡ぎながら、日記のように綴ったキルトの数々。人を思う愛に満ちあふれたそれらの作品が、今、美しい花束のような1冊に。>というコピーと共に、バラを描いた作品の写真が大きく掲げられている。

 ところが帯をはずし、カバーだけにすると、写真はぐっと小さくなる。ちょうどトランプの札くらいのサイズ。帯は出版社によるCMで、著書の思いはトランプ1枚分。わかってはいるが、小さ過ぎる――。

 あ、ファンとしての心の叫びを書いてしまった。そう、百恵さん、控えめすぎる。叫んでくれとは言わないが、心情くらい吐露してくれてもいいではないか。それを期待してたのに――。あ、また心の叫びを書いてしまった。

百恵さんの針仕事も 春日部でキルト展2015年2月百恵さんの作品も展示されたキルト展=2015年2月、埼玉・春日部

百恵さんは優等生的に着実に歩んでいた

 10年以上前から、百恵さんはキルト作品を対外的に発表している。東京ドームで毎年開かれる「東京国際キルトフェスティバル」では、師であるキルト作家・鷲沢玲子さんの作品と並び、百恵さんの作品が飾られていた。それを大勢の人が撮影するのは、もういつものフェスティバルでの光景になっていた。

 だから満を持しての出版ではないか、と少し期待していた。作品への自信が出版につながったのなら、作品を雄弁に語らせたいという作家の思いがあるはずだ。となれば、そこに本音というか心情というか、引退後の百恵さんが滲んでくるのではないか、と。百恵ちゃんを探して、ページをめくり続けた。

 だが百恵さん、ずっと温度が一定だった。チクチクと、ひと針ずつ進めていた。妻として、母として、針のようにチクチクと着実に歩んでいた。脱線は決してしない。その証が、キルトの整った縫い目。それを確認する本だった。

 作品はどれもこれも、とてもきれいだった。その丁寧な仕上がりに「一糸乱れず」とはまさにこのこと、と思った。知り合いに手作り本のベテラン編集者がいるのだが、彼女は「すごく真面目な人ね。いろいろな手法に挑戦して、確かに技術を上げている良い生徒」と感想を述べていた。

 文章も同様だ。本人の書き下ろしも、インタビューした編集者がまとめた文も、どちらも教室の隅でじっと勉強している、優等生の答案。そんな印象を受けた。

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