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「王子様」フォーリーブスとジャニー喜多川の哲学

太田省一 社会学者

テレビを味方につけた「王子様」フォーリーブス

 それに対しジャニー喜多川は、GSと徹底的に差別化するためにジャニーズのタレントを健全なアイドル、その理想形としての「王子様」として打ち出す戦略をとった。

 その戦略を体現したのが、初代ジャニーズの弟分に当たるフォーリーブスである。

 たとえば、フォーリーブスは、仕事よりも学業を優先する方針を打ち出した。仕事の予定があっても、学校へ行かなければならないメンバーはそちらを優先し、残りのメンバーで仕事をした。それは、学校から拒絶される立場だったGSとは鮮やかな対比をなす。

フォーリーブスの青山孝史(あおやま・たかし)さん拡大フォーリーブス当時の青山孝(のちに「孝史」)さん
 また、舞台上でもGSとの違いを意識した演出がなされた。当時GSとは日劇ウエスタンカーニバルで共演することがあったが、そんなときでもジャニー喜多川は、自らのポリシーを崩すことなく衣装の早着替えや舞台の上方からのブランコでの登場などアメリカ流の華麗なショー演出で臨み、フォーリーブスのきらびやかな王子様的イメージを強調した。

 とはいえ、学業優先の方針やアメリカ流の舞台演出は、初代ジャニーズの頃からすでにあったものである。その点、冒頭にふれた初代ジャニーズの教訓に基づくフォーリーブスの戦略的独自性は、テレビの重視にあった。

 フォーリーブスは、音楽番組(『紅白』には1970年から7回連続出場した)だけでなく、バラエティ番組にも積極的に出演した。4人のメンバーは、青山孝であれば歌、北公次であれば踊り、江木俊夫であれば司会、おりも政夫であれば笑い、というようにそれぞれの個性や得意分野を生かして、『プラチナゴールデンショー』(日本テレビ系)や『歌え!ヤンヤン!』(東京12チャンネル[現・テレビ東京])などバラエティ番組のメインを務めた。それは、個とグループの両立を基本とする現在のジャニーズグループの活動スタイルの原型にもなった。

元フォーリーブス)の北 公次(きた・こうじ)さん(週刊朝日提供拡大元フォーリーブスの北公次さん=1988年
 そもそもテレビには、健全さが求められる。映画などと異なり、テレビは一般家庭の日常生活のなかに入り込んでいくメディアだからである。そのなかでフォーリーブスは、バラエティ番組への出演で視聴者からの親近感を得る一方で、音楽番組や舞台・ミュージカルにおいては遺憾なく王子様的魅力を発揮した。いわば“親しみのある王子様”として独自の地位を築いていったのである。

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筆者

太田省一

太田省一(おおた・しょういち) 社会学者

1960年、富山県生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビ、アイドル、歌謡曲、お笑いなどメディア、ポピュラー文化の諸分野をテーマにしながら、戦後日本社会とメディアの関係に新たな光を当てるべく執筆活動を行っている。著書に『紅白歌合戦と日本人』、『アイドル進化論――南沙織から初音ミク、AKB48まで』(いずれも筑摩書房)、『社会は笑う・増補版――ボケとツッコミの人間関係』、『中居正広という生き方』(いずれも青弓社)、『SMAPと平成ニッポン――不安の時代のエンターテインメント 』(光文社新書)、『ジャニーズの正体――エンターテインメントの戦後史』(双葉社)など。最新刊に『ニッポン男性アイドル史――一九六〇-二〇一〇年代』(近刊、青弓社)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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