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少女の眼光に導かれ、民衆芸能の宝庫へ

徳島芸能聖地巡礼 その2

玉川奈々福 浪曲師

民衆の歌、記録した舞踊家の情熱

 小沢さんが興味を持ったのは、「遊芸稼業人」。すなわち、多くは寄席や大道で、芸ひとつでお金を稼ぐ遊行の徒。

 だから小沢さんに私淑するものとしては、「遊行」という文字には強烈に惹きつけられるし、なおかつそれが、「阿波=徳島」とくっついてたんで、思わずトイレで「なにこれーっ!」と声をあげてしまったのです。

 そして、そのCDを買って聞いてみて、さらに、私は驚いた。

 ――なんという生き生きとした、土着の歌の世界であることか。

 それは、徳島の、地域地域で歌い継がれてきた歌の数々。

 盆踊りの歌だったり、神楽歌だったり、「とうとうたらり……」という、お能「翁」の冒頭の詞章で始まるものがあったり、民謡っぽいもの、浄瑠璃っぽいもの、小唄的なもの、労働歌、ちょっと卑猥なバレ歌的なもの……地域地域で、他から害されることなく受け継がれてきたもので、中世からの古形をそのまま残している歌も多いという。ものすごいバリエーションがあり、そして、歌が、躍動している。生きることと、生活することと密着した声々が、うわ~っと立ち上ってくる。

 これは、とある個人の手によって主に記録されました。

奈々福旅日記拡大檜瑛司さん(1923~96)

 鳴門出身の現代舞踊家・檜瑛司(ひのき・えいじ)氏。四国には皆で歌い踊れる民謡はないのだろうかと、1968年から20年間、個人で、録音機とカメラを担いで、徳島県内のすみずみを歩き回り、主に「神踊り」と言われる、地域地域の歌の数々を収録した。同時に写真も撮った。音はオープンリールテープでご家族が大事に保存されていたのだけれど、劣化しはじめていた。それを、「晴れ豆」の社長にしてシンガーである越路よう子さんが、なんとか残したいと努力され、多くの人の尽力でデジタル化され、音楽プロデューサーの久保田真琴さんのプロデュースによって出された由。檜さんが取材して収録した、地域地域の歌は、なんと900曲以上もあったとか。全部ではないけれど、久保田さんのセレクトにより編まれました。

 久保田真琴さんのライナーノーツから引用すれば――

世間的に知られた浄瑠璃音楽の楽師達が、村々に請われて盆踊りの櫓で村人を夜通し踊らせる浄瑠璃崩し、金属を溶かすためのフイゴを力合わせて歌いリズムを取るたたら達の労働歌。神踊りと呼ばれる開かれたお神楽。覗きカラクリ、三番叟などの放浪の門付け芸、大胆で滑稽、あるいはシュールな数え歌……驚異的な密度で歌が広がっている。

 こんなに豊かな歌世界がありながら、当の徳島県内の人たちが、ほとんど認識していなかったというのだから、それにも驚きます。 ・・・ログインして読む
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筆者

玉川奈々福

玉川奈々福(たまがわ・ななふく) 浪曲師

横浜市生まれ。出版社の編集者だった94年、たまたま新聞で浪曲教室のお知らせを見て、三味線を習い始め、翌年、玉川福太郎に入門。01年に曲師から浪曲師に転じ、06年、玉川奈々福の名披露目をする。04年に師匠である福太郎の「徹底天保水滸伝」連続公演をプロデュースして大成功させて以来、数々の公演を企画し、浪曲の魅力を広めてきた。

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