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ウッドストックの「愛と平和」が甦り続ける理由

丹野未雪 編集者、ライター

1969年8月15日から17日まで3日間にわたり、ニューヨーク郊外のベセルで開催されたロック・フェスティバル拡大1969年8月、ニューヨーク郊外のベセルで開催されたウッドストック・フェスティバル=AP

 開催から今年50年を迎え、いまなお伝説のロック・フェスティバルといわれるウッドストック。周年記念コンサートが過去4回行なわれ、ドキュメンタリー映画のリバイバル上映も繰り返されている。しかし、なぜそれほどまで語り継がれるのだろう? たとえばそれがノスタルジーからだとしても、半世紀にわたり続いている状況じたいが驚くべきことではないか?

 今夏アナウンスされていたウッドストック50周年記念フェスは資金面の問題により中止となったが、未発表音源を多数収録したスペシャルCD10枚組ボックスの発売や、1969年をキーワードとする特集がラジオ番組で組まれるなど、話題は尽きない。

 わたしはムック『ウッドストック1969 ロックフェスの始まり、熱狂の終わり、50年目の真実』(河出書房新社)に、編集者のひとりとしてかかわったが、はじまりには冒頭で述べたような疑問があった。本書にインタビューで登場してくれたミュージシャンの曽我部恵一氏同様、ポップ・ミュージックの教養として映画『ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間』にふれつつも、「ラブ&ピース」というスローガンや、ヒッピー・カルチャーにリアリティを持つことがなかったのだった。曽我部氏の言葉を借りるなら、「ウッドストック以前/以後を語る言葉に、『六〇年代の幻想が崩れた』というような決まり文句があるじゃないですか。そもそも、その幻想って一体何?」。

 ウッドストックの概要をあらためて記しておこう。1969年8月15日から17日まで3日間にわたり、ニューヨーク郊外のベセルで開催されたロック・フェスティバル。最終告知のポスターには「WOODSTOCK MUSIC & ART FAIR presents AN AQUERIAN EXPOSITION in WHITE LAKE,NY」「3 DAYS of PEACE & MUSIC」と記され、出演予定のミュージシャン28組の名が掲載されている。

 実際ステージに立ったのは、ジョーン・バエズ、アーロ・ガスリー、サンタナ、グレイトフル・デッド、ジャニス・ジョプリン、スライ&ザ・ファミリーストーン、ザ・フー、ザ・バンド、CS & N、ジミ・ヘンドリックスなど総勢32組。集った観客数は40〜50万人といわれるが、渋滞で会場内にたどり着けなかった人びとを含めれば、さらに多くの人びとが参集しただろうといわれている。

 直前の会場変更、運営のまずさ、悪天候、ドラッグ、トイレやゴミの問題……ウッドストックは開催直後に大きな批判を受けるが、開催からおよそ半年後、マイケル・ウォドレー監督によってドキュメンタリー映画化されるや、伝説のフェスへと変貌する。当時中学生だったという音楽評論家の萩原健太氏は、当初は「日本の音楽雑誌に翻訳掲載されたレポート記事にしても、明らかに否定的な姿勢を貫いていた」という。だが、この映画によってウッドストックのイメージが塗り替えられ、同時に真空パックされたものがあったと、『ウッドストック1969』収録の論考で述べた。

1970年6月4日、東京・日比谷野外音楽堂で「ニューロック・フェスティバル」が行われた。長髪、インディアン・ルック、スケスケ、ノーブラと、様々ないでたちの若者約1000人が集まった拡大ウッドストックの翌年、1970年6月4日、東京・日比谷野外音楽堂で開かれた「ニューロック・フェスティバル」。若者約1000人が集まった

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筆者

丹野未雪

丹野未雪(たんの・みゆき) 編集者、ライター

1975年、宮城県生まれ。ほとんど非正規雇用で出版業界を転々と渡り歩く。おもに文芸、音楽、社会の分野で、雑誌や書籍の編集、執筆、構成にたずさわる。著書に『あたらしい無職』(タバブックス)、編集した主な書籍に、小林カツ代著『小林カツ代の日常茶飯 食の思想』(河出書房新社)、高橋純子著『仕方ない帝国』(河出書房新社)など。趣味は音楽家のツアーについていくこと。