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江戸の「不真面目」文化はイノベーションのヒント

キーワードは「広がり」

有澤知世 神戸大学人文学研究科助教

広がる古典を体現するマルチな才人

古典籍の森拡大謡曲「敦盛」。筆写された時期ははっきりしていない。平敦盛を討った熊谷直実が出家し、一の谷を訪れると、敦盛の霊が現われ、最期のさまを語る=国文学研究資料館蔵
 魚料理の「アツモリ」に、「古典」とは、古い書物をめぐる学問ということだけではなく、時代やジャンルを超えて大きな世界につながるものだと教えられた私は、山東京伝(さんとう・きょうでん)という人物を研究対象に選んだ。彼の活動の様々な方面への「広がり」に関心を持ったのだ。

 山東京伝(1761~1816)は江戸時代後期に活躍した「戯作者(げさくしゃ)」だ。

 戯作とは、江戸時代中期以降に生まれた新しい様式の文芸のこと。伝統ある格式の高い文芸を、ずらしたり、反転させたりして笑いに変え、子供から大人まで、そして大名から庶民まで、幅広い層の人々に親しまれていた。

 京伝は、江戸の、いわば人気小説家だった。だが、その活動は文芸にとどまらない。絵画や、現代で言えば広告やデザインといった分野、さらにはビジネスにも才能を発揮した。しかも、それらが互いに、密接につながっていたのだ。

 京伝はまず「北尾政演(きたお・まさのぶ)」という名前で浮世絵師として活躍し、同時代の文化人たちと交流を結んだ。その中で、文筆にも手を染める。当時流行していた洒落本(*1)や黄表紙(*2)で認められ、戯作者・山東京伝として一躍人気作者になり、その後は読本(*3)、合巻(*4)など新ジャンルを切り拓く。一口に戯作といっても、その中にはいろいろなスタイルの文芸があった。一人が複数のスタイルの作品に筆をふるうことが多かったようだ。

*1 洒落本(しゃれぼん)
  主に遊郭を舞台とし、戯曲のように会話体とト書きで進行する読み物

*2 黄表紙(きびょうし)
  ナンセンスな滑稽を旨とした、大人向けの絵入り読み物

*3 読本(よみほん)
  主に歴史を題材とした、長編の本格的な読み物

*4 合巻(ごうかん)
  敵討ちや歌舞伎の演目に材を採った長編の絵入り読み物

 俗文芸の第一線であり続ける一方で、京伝は、デザイン力を活かして、紙を革のように加工して作った「紙たばこ入れ」を売る店を開いて繁盛させた経営者でもあり、古いものごと――たとえば、風呂の起源や遊郭の歴史、昔の服装や遊びなど、自分たちの生きている江戸の風俗が、どのようにして生まれ、変遷してきたかについて研究する学者でもあった。

 多才ぶりに驚くが、実は京伝に限らず、当時の文化人は、活動が多岐にわたることは珍しくなかった。現代で名前が良く知られている、江戸時代の、いわゆる小説の「作者」たちは、実は作者としてのみ生きていた訳ではないことが多い。

 たとえば『雨月物語(うげつものがたり)』が有名な上田秋成(うえだ・あきなり、1734~1809)について『日本国語大辞典』をひくと、「国学者、歌人、読本作者」と出る。他に医術の心得もあったようだ。ほぼ同時期に活躍した平賀源内(ひらが・げんない、1728~79)は「本草学者、戯作者、浄瑠璃作者」と記されているが、彼の波乱万丈な人生は、それに収まらないだろう。

 江戸時代の「作者」たちは様々なフィールドで活躍し、専門知識や経験、人脈を駆使し、それらの全てを懸けて、あるいは何割かを懸けて、創作活動を行っていた。

 したがって、彼らが何者であるのかを形容するのは、いささか困難なのである。

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筆者

有澤知世

有澤知世(ありさわ・ともよ) 神戸大学人文学研究科助教

日本文学研究者。山東京伝の営為を手掛りに近世文学を研究。同志社大学、大阪大学大学院、日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、2017年10月から、国文学研究資料館特任助教に。「古典インタプリタ」として文学研究と社会との架け橋になる活動をした。博士(文学)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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