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ヤルタ・ポツダム体制の終焉と植民地主義の清算

日韓の政治的緊張を生み出す事案は「戦争」よりも「植民地支配」に起因

中沢けい 小説家、法政大学文学部日本文学科教授

朝鮮戦争にも植民地からの独立解放の側面

 朝鮮半島の南北の分断と朝鮮戦争終結は、1991年のソビエト崩壊に端を発する冷戦終結の延長として語られることが多い。遅れた冷戦終結と捉えるよりも、YP体制の終焉と見たほうが、いろいろと得心が行くことがあると考え出したのは、板門店へのバスツアーの経験の印象が強かったからだ。朝鮮戦争は米ソの冷戦状態を作り出す戦争となったが、その背景には朝鮮半島の民族独立という課題がある。米国が介入したベトナム戦争では、背景に植民地からの解放と独立という目的を持つことが米国の反戦運動で語られていたことは承知していたが、朝鮮戦争もイデオロギー対立と同時に植民地からの独立解放の側面を持っていると考えることは少なかった。

 朝鮮戦争終結への動きは東西冷戦の終了と考えるよりもYP体制の終焉と見たほうが、いろいろと納得できるのではないかと考え始めたもとには、板門店観光ツアーの日本語ガイドと英語ガイドの違いという体験があったのだが、その印象形成は間違いではなかったと感じることが、近頃はさらに多くなった。

 1991年から始まり、断続的に開催された日韓文学者会議に、私は93年の済州島から参加してきた。韓国の小説家、詩人、ときにはイ・チャンドンなどの映画監督なども参加したこの会議では、日韓の間でしばしば奇妙なすれ違いや混乱が起きる現場に出会っている。思い出すだけで、微苦笑が漏れる場面も少なくはないが、それはまたの機会に書けることがあれば書きたい。

日韓関係で語られることが少ない「植民地支配」

 ここでは、混乱やすれ違いの多くが、韓国側が植民地主義とそれを支えた帝国主義に関してどう感じているのか、どう考えているのかという質問をしたにもかかわらず、日本側が戦争に関する感想や感慨を述べてしまうということに起因していたことが今さらながらに想起されることを述べたい。帝国主義・植民地主義は戦争と不可分であり、

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筆者

中沢けい

中沢けい(なかざわ・けい) 小説家、法政大学文学部日本文学科教授

1959年神奈川県横浜市生まれ。明治大学政治経済学部政治学科卒業。1978年「海を感じる時」で第21回群像新人賞を受賞。1985年「水平線上にて」で第7回野間文芸新人賞を受賞。代表作に「女ともだち」「楽隊のうさぎ」などがある。近著は「麹町二婆二娘孫一人」(新潮社刊)、対談集「アンチ・ヘイトダイアローグ」(人文書院)など。2006年より法政大学文学部日本文学科教授。文芸創作を担当。

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