『週刊ポスト』は社会調査法を理解していたか?
2019年09月17日
「韓国なんて要らない」という特集で騒動になった『週刊ポスト』(9月13日号)は、ことに問題となった記事の題に「大韓神経精神医学会」という文字を入れて科学性を装ったが(36頁)、その調査結果から、「怒りを抑えられない『韓国人という病理』」という議論を作為的に組み立てた。だが問われるべきは現代社会の条件であり、また、韓国人に特有な部分があったとしても、その原因は日本政府である、と私は主張した(「韓国人は憤怒調節障害? 『ポスト』の誤りを糺す」)。
だがそもそも、韓国人成人のうち「10人に1人」が憤怒調節障害を患うという調査結果自体に、問題はないのか。
新聞等で、多様な社会事象について「□%」、「△人中の□人」といった統計数字をよく見るが、学問的にどれだけ厳密なものかが不明なもの(時には明らかにおかしいもの)が目につく。悉皆(しっかい/全数)調査をするのでなければ、何らかの形で標本(サンプル)調査に頼るしかないが、これは、素人が「社会調査法」を身につけないまま気楽にできるしろものではない。現在でも、それをわきまえない「いい加減」な調査が、客観的な調査であるかのような顔をして、堂々と出まわっている(谷岡一郎『「社会調査」のウソ――リサーチ・リテラシーのすすめ』文春新書)。
『週刊ポスト』記事で言われる「10人に1人」という数字にも、問題がある。出典は大韓神経精神医学会が2015年に公表した「衝撃的なレポート」と記すだけで(36頁)、そもそも用いられた統計調査の手法は明示されていない。そのとき、この数字を真に受けることはできない。
記事は、「韓国主要病院の精神科医らで構成され、現在は“韓国の東大”ともいうべき国立ソウル大の權俊壽(グォンジユンス)教授(医学部・精神医学)が理事長を務める」という文言で同レポートを権威づけて見せたが(同頁)、これでは統計の客観性はなんら保証されない。
重要なのは統計調査の手法である。母集団(調査の対象となる集団全体)を韓国人の成人とした場合、標本は、韓国人成人全体から無作為かつ等確率で抽出しなければならないが、大韓神経精神医学会の調査は、はたしてそうした手続きをふんだ調査だったかどうかは不明である。
学会の調査であれば当然そうした手続きをふんでいると世間は思うかもしれないが、科学的な統計調査の手法を無視した(というよりそもそも知らずになされた)調査も、ちまたには非常に多い(谷岡前掲書)。
例えば、最近世論調査の手法としてよく使われるRDD(コンピュータが無作為に発生させた番号の固定電話・携帯電話に電話を入れて行う調査)さえ、厳密には問題がある。コンピュータで発生させた番号を用いることで無作為性は担保されるが、等確率性は担保されない。固定電話・携帯電話の両方を持つ人は、そうでない人の2倍の確率で選ばれる可能性があるし、3人で固定電話1台を使用する人が標本となる確率は、3分の1である。私の知人のように固定電話も携帯電話も持たない人は、始めから標本になりえない。その結果、RDD調査ではおのずと調査結果に偏りが生まれることになる。
ところで、『週刊ポスト』記事で紹介された調査が、精神科を訪れた患者を標本としてなされたとするなら、当該疾病の罹患者が多いのはそもそも当たり前だし、その結果得られるのは、精神科を訪れるであろう患者(母集団)についての知見であって、韓国人の成人全体については何も語っていないに等しい。しかも、仮に母集団が精神科を訪れるであろう患者全体だったとしても、その名簿(実際には通し番号でよいし、その方がよい)のうちから標本を厳密に無作為抽出したのでなければ、「10人に1人」という数字は無意味である。
一方、もし上記のような厳密に科学的な手法で調査がなされたのであれば、その結果は重要な知見だと言えるが、「怒りを抑えられない『韓国人という病理』」という、『週刊ポスト』の捉え方は、ジャーナリズムのものでも学問のものでもなく、ただのヘイトスピーチである。それに、問題とされた「障害」が他国・他民族においてどう発現するかの比較がなされなければ、「韓国人という病理」などとは言うことはできない(「韓国人は憤怒調節障害? 『ポスト』の誤りを糺す」)。
ところで『週刊ポスト』は、大韓神経精神医学会の調査結果自体を確認したのではない。そうではなく、韓国紙『中央日報』の日本語版(2015年4月5日付)から、調査のごく概括的な結論部分を引いただけのようである(36頁)。
だが、その用い方はずさんである。『中央日報』の記事は学会の報告を踏まえて、「憤怒を静める方法」についても論じているのに、『週刊ポスト』記事はこれには全くふれていない。この記事で記者が語った「憤怒を静める方法」は、短期的な方法である。だが次項で論ずるように、『中央日報』は長期的な方法をも論じようとしている。
そもそも同紙は、この記事に先立つ時期の、外部執筆者によるコラムで同じ「憤怒調節障害」についてとりあげ、きわめて
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