メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

『帰ってきたムッソリーニ』の日本版は誰が主役?

ムッソリーニの言葉が今の日本人に突き刺さる

古賀太 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

 最近は映画界でも「忖度」がはびこっているようだ。安倍政権を批判していると話題になった6月28日公開の『新聞記者』でも、2社がその制作を引き受けるのを断ったと、プロデューサーの河村光庸氏が朝日新聞の取材に答えているが、最近、個人的に少し似た経験をした。

 9月20日公開の映画『帰ってきたムッソリーニ』のプレスシートとパンフレット用の文章を配給会社から依頼されて原稿を送ると、後半の数行を削除するか直して欲しいと返事がきた。文章を読んでもらえばわかるが、『帰ってきたヒトラー』というドイツ映画もあったので、さて日本で作るとしたらどうなるだろうかと考えたくだり。昭和天皇や東条英機の名前を出した部分が問題となった。配給会社としては特に昭和天皇の名前を出すことに抵抗があったようだ。令和の時代が始まって皇室に注目が集まっていることに配慮したのだろう。

『帰ってきたムッソリーニ』=公式サイトより拡大『帰ってきたムッソリーニ』=公式サイトより

 もともとこの映画は、ムッソリーニが現代に蘇ったらという仮定で作られたものである。実は既に、ティムール・ヴェルメシュ著『帰ってきたヒトラー』(原著は2012年、邦訳は2014年)を元にドイツ映画『帰ってきたヒトラー』(デヴィッド・ヴェンド監督、2015年、日本公開は2016年)が作られている。『帰ってきたムッソリーニ』はこれをイタリアに移し替えた作品で、ヒトラー、ムッソリーニと来たら、やはり日本は誰だろうと考えるのが普通だと思ったので、文の最後にそのことに数行触れた。

 すると前述のような反応が返ってきた。最初は応じようかと思ったが、このような「忖度」を受け入れることは検閲につながると考えて、あえて文章を変えないことにした。一般観客は読まないプレスシートでは昭和天皇のくだりを省略し、パンフでは元に戻す提案もしたが、受け入れてもらえなかった。結局、原稿料は払うが載せないという先方の提案を受け入れた。あくまでエンタテインメント映画として見て欲しく、政治色は出したくないという意向だった。

 この映画は『帰ってきたヒトラー』より明らかに監督の皮肉が効いていておもしろい映画だと思う。ぜひ多くの人に見て欲しいが、このようなことがあったことは明らかにしておきたいと思った。もちろんこの重要な映画を買い付けて日本で公開した配給会社には感謝している。ここに私が送った文章を載せるのは、ぜひみなさんで映画を見てこの文章が行き過ぎかどうか考えて欲しいと思ったからである。

 またイタリアから数本のDVDを取り寄せて書いた解説なので、私の映画史的知識も含めてたぶんほかでは得られない情報もあると思う。監督がイタリア映画祭で来日した時に会場で自分で質問したり、その後直接個人的に聞いた話も含んでいるし、かなり手間をかけた文章だと自負している。以下、全文を掲載する。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

古賀太

古賀太(こが・ふとし) 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

1961年生まれ。国際交流基金勤務後、朝日新聞社の文化事業部企画委員や文化部記者を経て、2009年より日本大学芸術学部映画学科教授。専門は映画史と映画ビジネス。訳書に『魔術師メリエス――映画の世紀を開いたわが祖父の生涯』(マドレーヌ・マルテット=メリエス著、フィルムアート社)、共著に『日本映画史叢書15 日本映画の誕生』(岩本憲児編、森話社)など。個人ブログ「そして、人生も映画も続く」をほぼ毎日更新中。http://images2.cocolog-nifty.com/

古賀太の記事

もっと見る