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『帰ってきたムッソリーニ』の日本版は誰が主役?

ムッソリーニの言葉が今の日本人に突き刺さる

古賀太 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

「ファシズムではなく、今のイタリアを見せた」

 近年、ヒトラーを扱った映画はドイツを始めとして毎年のように作られるが、ムッソリーニの出る映画はイタリアでも少ない。最近だとマルコ・ベロッキオ監督の『愛の勝利を ムッソリーニを愛した女』(2009)が記憶に新しいが、これはムッソリーニよりも愛人のイーダ・ダルセルが中心だ。それ以前だとフランコ・ゼフィレッリ監督の『ムッソリーニとお茶を』(1998)があるが、題名に(原題も同じ)ムッソリーニの名前があるのに、出るのはほんの2、3分。唯一カルロ・リッツァーニ監督の『ブラック・シャツ/独裁者ムッソリーニを狙え!』(1974)はムッソリーニの末期を描いているが、そのほかはTVやドキュメンタリーを除くとこれまで10本もないのでは。

 一時期はヨーロッパの大半を占領し、何百万人ものユダヤ人を虐殺したヒトラーに比べたら、ムッソリーニは小さな存在だ。そのうえヒトラーは見た目も特徴がはっきりしていて、カリカチュアもしやすい。ドイツ人はヒトラーに一斉に従って、戦後は全否定した。イタリアではムッソリーニに対して当時から反対運動があったし、逆に今でも信奉者が普通にいるという。そんな曖昧な感じがあるので、容易に映画化はできないのだろう。

イタリアを訪問、ローマでイタリア軍を閲兵するヒトラー・ドイツ総統(前列中央)。左はムッソリーニ・イタリア首相、右はイタリア国王ヴィットリオ・エマヌエーレ1938年5月拡大ローマを訪問、イタリア軍を閲兵するヒトラー・ドイツ総統(前列中央)。左はムッソリーニ・イタリア首相=1938年5月

 『帰ってきたムッソリーニ』(2018)はドイツ映画『帰ってきたヒトラー』(デヴィッド・ヴェンド監督、2015)と同じくティムール・ヴェルメシュ著『帰ってきたヒトラー』(原著は2012年、邦訳は2014年)の映画化だが、監督のルカ・ミニエーロは、現代イタリアを描く喜劇の名手として知られている。日本でも『おとなの事情』(2016)や『ザ・プレイス 運命の交差点』(2017)で知られるパオロ・ジェノヴェーゼ監督と共同監督で3本を作っているが、今回の作品は、監督によればプロデューサーが彼を指名したという。

 実は彼の最初の単独監督長編『南部へようこそ』(Benvenuti al Sud、2010、日本未公開)もリメイクだった。これは2000万人以上が見たフランス映画史上最大のヒット映画『シュティの国へようこそ』(Bienvenue chez les Ch'tis、2008、日本未公開)を換骨奪胎して南イタリアに舞台を移し、その年のイタリア映画一番のヒットとなった。さらに続編の『北部へようこそ』(Benvenuti al Nord、2012)も大ヒット。

 ミニエーロ監督の「換骨奪胎」ぶりは『帰ってきたムッソリーニ』でも健在だ。ヒトラーの代わりにムッソリーニが現代に現れて、新聞店で一夜を過ごし、テレビの契約ディレクターに目をつけられてテレビ出演を果たして有名になるという大筋は同じ。その後にかつて犬を殺した映像が出てきて非難の的になるが、復権を果たす結末も。これは原作にほぼある。

 違うのは、

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筆者

古賀太

古賀太(こが・ふとし) 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

1961年生まれ。国際交流基金勤務後、朝日新聞社の文化事業部企画委員や文化部記者を経て、2009年より日本大学芸術学部映画学科教授。専門は映画史と映画ビジネス。訳書に『魔術師メリエス――映画の世紀を開いたわが祖父の生涯』(マドレーヌ・マルテット=メリエス著、フィルムアート社)、共著に『日本映画史叢書15 日本映画の誕生』(岩本憲児編、森話社)など。個人ブログ「そして、人生も映画も続く」をほぼ毎日更新中。http://images2.cocolog-nifty.com/

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