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荒川・四つ木橋朝鮮人虐殺追悼式に参加して

在野の研究者や一般市民が虐殺の記録を残し、追悼してきた

中沢けい 小説家、法政大学文学部日本文学科教授

日本社会にあふれる「嫌韓」

 さらに今年、事態はもっと悪い方向へ進んだ。日本政府が徴用工問題を経済対応に発展させ、7月には輸出規制強化、8月に入ってホワイト国からの除外という措置に出たのに対抗して、韓国はGSOMIA(軍事情報包括保護協定)の破棄を通告した。以後、テレビ、週刊誌に嫌韓報道があふれる。テレビコメンテイターのヘイトスピーチもあり、週刊誌の見出しはひところの在特会によるヘイトスピーチデモを連想させるものもあった。

 また、開催中のあいちトリエンナーレでは展示された「平和の少女像」(従来、従軍慰安婦の少女像とされてきた像の名称)を巡り、河村たかし名古屋市長の発言を皮切りに、電話やファクスで展示中止を求める脅迫が殺到し、放火予告で逮捕者が出るという状況になっていた。行政のトップがヘイトスピーチ、ヘイトクライムを誘発する発言をしたのである。あいちトリエンナーレが受けた電話による多数の抗議はネットスラングで「電凸」と呼ばれる。あいちトリエンナーレ検証委員会はこの電凸の代表的なもの4件の音声を公開している。そして電凸は「ソーシャルメディア型のソフト・テロ」と表現している。
9月に入ると韓国大使館へ脅迫状が送られるという事件も報じられた。日頃は政治に興味関心の薄い人の口から「文在寅大統領は反日なのでしょ」と言われて驚くこともしばしば経験した。飲み屋などで声高に暴言を吐く人もいたようで、諫めるつもりがけんかになったという嘆きも聞いた。朝鮮人虐殺は遠い昔のヘイトクライムではないと感じられる夏だった。

朝鮮人虐殺は過去の出来事ではない

 現在の日本で陰惨なヘイトクライムは実際にすでに起きている。2016年に起きた相模原障害者施設殺傷事件は定義通りのヘイトクライムだ。また北朝鮮との関係が緊張するたびに朝鮮学校へ通う女生徒のスカートが切り裂かれるなどの事件もこれまで繰り返されてきた。それをヘイトクライムと意識はしていなかったが、振り返ってみれば差別による憎悪喚起から起きる犯罪であり、紛れもないヘイトクライムだった。韓国大使館に銃弾が送り付けられた事件もこれに数えてよいだろう。1923年の関東大震災の混乱の中で起きた朝鮮人虐殺は、決して過去の出来事ではない。現在、そうした不安を覚える人も少なくないはずだ。

拡大追悼式で朝鮮の音楽を奏でる人たち=2019年9月7日、筆者撮影
 あいにく9月1日は八戸に出かけていたので横網町公園での朝鮮人虐殺の追悼式は参拝できなかった。が、9月7日の四つ木橋の荒川河川敷で行われた追悼式には出かけることができた。京成線の八広駅を降り、荒川土手に登ると、四つ木橋の下に集う人々の姿が見えた。太平洋上に発生した台風15号の影響はまだ東京には及ばず、よく晴れていた。そして、川風は涼やかな日だった。出席者は300人ほど。杖鼓(チャンゴ)太鼓(プグ)ケンガリ(鐘)それに独特の音色のテピョンソ(チャルメラの仲間だそうです)が奏でる音楽が河原に流れる。河原で朝鮮音楽を奏でる人々の赤、黄色、青、黒、白の衣装が、なにか夢幻を誘う光景だった。

 河原に降り注ぐ光に目を細めると、私はなぜ朝鮮人虐殺事件を知っていたのだろうと疑問がふと湧いた。というのは、朝鮮人虐殺事件は正式な記録が乏しく、多くはアカデミズムに所属しない郷土史家や小中学校、高校の先生などによって資料が集められたことを知るようになったためだ。

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筆者

中沢けい

中沢けい(なかざわ・けい) 小説家、法政大学文学部日本文学科教授

1959年神奈川県横浜市生まれ。明治大学政治経済学部政治学科卒業。1978年「海を感じる時」で第21回群像新人賞を受賞。1985年「水平線上にて」で第7回野間文芸新人賞を受賞。代表作に「女ともだち」「楽隊のうさぎ」などがある。近著は「麹町二婆二娘孫一人」(新潮社刊)、対談集「アンチ・ヘイトダイアローグ」(人文書院)など。2006年より法政大学文学部日本文学科教授。文芸創作を担当。

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