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ヅカナビ 『GOD OF STARSー食聖ー』

時代が生んだ個性派トップスター・紅ゆずるを送る

中本千晶 演劇ジャーナリスト


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 ついに東京公演も開幕してしまった……星組トップコンビ、紅ゆずる・綺咲愛里の卒業公演『GOD OF STARS-食聖-』。傲慢だが料理にかけては天才的な腕を持つホン・シンシン(紅)が、シンガポールでホーカーズ(屋台)を切り盛りするアイリーン(綺咲)と出会い、人間らしい心を取り戻していく。アジア各国を舞台に繰り広げられる「クッキング・コメディー」である。

 じつはこの作品、紅・綺咲のサヨナラ公演、そして次期トップスター礼真琴へのエールも込められた作品として高い完成度を誇っている。コメディーなのに、何故か泣けてしまう。その理由のひとつは、グッとくる台詞の数々にあると思う。

 そこで今回のヅカナビでは、時代が生んだ個性派スター・紅ゆずるのこれまでを改めて振り返り、名台詞の意味するところを探ってみたい。そして『GOD OF STARS-食聖-』が何故サヨナラ公演としてよくできているのかを検証してみたいと思う。

紅ゆずるの「デコボコ道」

 初めて「紅ゆずる」という名前を気に留めたときのことは今でもはっきりと覚えている。それは『THE SCARLET PIMPERNEL(スカーレット ピンパーネル)』星組初演(2008年)でのことだった。ピンパーネル団の片隅に超端正な佇まいの人がいる、それが初めて紅ゆずるという名前を覚えたきっかけだった。

 興味を持ってあれこれ調べ始めて、また驚いた。紅は同公演で初の新人公演主演を務めているが、それまでさしたる実績がないのだ。目ぼしい役といえば『ANNA KARENINA(アンナ・カレーニナ)』(2008年)のカレーニン役くらいのものだった。おまけに音楽学校時代も劣等生で、『歌劇』2002年4月号の初舞台生紹介ページを見ると、最後から2番目に掲載されている(これは成績順なので、下から2番目だったということだ)。

 やがて、「紅5」なる地下活動がCS放送「タカラヅカ・スカイ・ステージ」の番組がきっかけでじわじわと話題になり始める。ここで私はまたまた驚いてしまった。何という自由さ、今どきのスターには珍しいやんちゃさ。「超端正な自由人!?」やはりスターに必要不可欠なのは意外性、ギャップなのだ。「紅5」については2012年4月のこの連載でも取り上げたが、この時に書いたとおり「5人の絆」は今も継続しているようだ。

 星組の二番手となってからは少し辛い時代もあった。前代未聞、CS放送の申し子のようなスターであっただけに、風当たりも強かった気がする。それは「異端児」が「伝統」を継承する立場になることの難しさでもあった。だが、トップスターになってからは圧倒的に「はまり役」に恵まれたスターだった。私は「はまり役」を引き寄せる力も一つの才能だと思っている。

 インド映画を舞台化したプレお披露目『オーム・シャンティ・オーム -恋する輪廻-』(2017年)からして、いかにも紅らしかった。チャンスを掴んだ思い出深い作品『スカーレット ピンパーネル』のパーシー役でお披露目、抱腹絶倒だった落語ミュージカル『ANOTHER WORLD』(2018年)の康次郎や台湾公演『Thunderbolt Fantasy東離劍遊紀』(2018年)の凜雪鴉(リンセツア)は紅でないと出来ない役だったと思う。『霧深きエルベのほとり』(2019年)のカール役では菊田一夫の名作を現代に蘇らせ、『鎌足−夢のまほろば、大和し美し−』(2019年)では歴史上では黒幕的な存在の人物に光を当てた。そして、まさに紅ならではの締めくくりの今回の作品である。

 そうそう、忘れてはいけないのは紅演じるキャラクター「紅子」の存在だ。紅子は30代独身の客席案内係で、大の「ゆずる」ファンという設定。紅子と客席とのやりとりでは毎回、紅のトーク力が炸裂、昨年の台湾公演では「ゆずる」を追いかけてついに台北・高雄の劇場にも出没した。

 大劇場公演のサヨナラショーでも紅子は期待どおりの大活躍。「聖地」宝塚大劇場で存分に名残りを惜しみ、すでに泣き笑い状態の客席を逆に叱咤激励、「ペンライトは明るく楽しい場面で使うものよ!」と指示していた。『ANOTHER WORLD』の楽曲「ありがたや なんまいだ」で締めくくられ、「ち〜ん」という効果音で幕という、最後まで紅らしさを貫いた、ユーモアとサービス精神に溢れた構成のサヨナラショーだった。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『タカラヅカ流世界史』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師、NHK文化センター講師。

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