2019年09月27日
去年のベネチア国際映画祭は、『ROMA/ローマ』で金獅子賞をとったアルフォンソ・キュアロン監督を始めとして、コーエン兄弟、マイク・リー、ジャック・オーディヤール、ヨルゴス・ランティモス、ネメシュ・ラースローなどカンヌ並みに巨匠監督を揃えた。今年のコンペはそれに比べると、一見してずいぶん地味に見えた。しかし21本全部を見ると、すべての作品が何らかの新しさを追及したり、問題提起をしたりしているものばかりで、今年で8年目を迎える映画祭ディレクターのアルベルト・バルベラらしい持ち味が出ていると思った。
去年はネットフリックス作品が3本、アマゾン作品が2本コンペに入り、うちネットフリックス2本とアマゾンの1本が受賞したことも話題になった。つまり国際映画祭も配信系の時代が訪れたと感じさせた。カンヌがフランス国内で劇場公開のない作品を排除したこともあって、ベネチアの開かれた方針が際立った。ところが今年のコンペ出品はネットフリックス2本のみで配信系の受賞はゼロ。去年の配信系の席巻は何だったのかと感じさせた。
アルベルト・バルベラはカタログの前文において、フランスのヌーヴェル・ヴァーグの父と言われる映画評論家、アンドレ・バザンの「不純な映画のために」という文章を挙げながら、今年の映画祭を特徴づけるのは「どこに向かうかわからずに自由で冒険に満ちた旅に出る決意」を持つ映画だと述べる。例年、ベネチアはとても一人の人間が選んだとは思えないほど何でもありのセレクションを見せるが、今年はその傾向が強まったように思えた。
開催初日の記者会見でバルベラは女性監督作品が2本しかないことを指摘されると、「監督の性別では選んでいない。女性監督の映画が少ないと批判するのは馬鹿げている。あくまで映画としての質の高さを基準にしている。しかし誰が監督したかにかかわらず、今年は女性を描いた映画が多いのは事実」と述べた。
さて実際に21本を見ると、まず一番に多いのは歴史もの、それも近現代史を批判的に取り上げた映画だった。金獅子賞のトッド・フィリップス監督の『ジョーカー』(10月4日公開)は、アメリカのコミック『バットマン』で知られる悪役のジョーカーを描く。もちろん原作もその後の映画化された作品も架空の物語だが、今回の『ジョーカー』は妙にリアル。舞台のゴッサム・シティはどう見ても1970年代から80年代のニューヨークで、映画はジョーカーが誕生するまでを描く。
アーサー(ホアキン・フェニックス)は売れない芸人で、老いた母と暮らしながらロバート・デ・ニーロ演じるスター俳優が司会をするバラエティ・ショーを楽しみにしている。ある時友人から銃をもらうが、それが原因で所属事務所を追い出される。路上で大道芸を披露していると若者たちに襲われる。そして地下鉄で真っ白なジョーカー・メイクをしていると、会社員に暴力を受けて、銃に手をかける。まるで格差社会の底辺にいる男が、やむにやまれず殺人を犯してしまうさまを描いたかのようだ。娯楽作でありながら、現代社会の矛盾を映し出す後味の悪い作品だ。
銀獅子賞(審査員大賞)のロマン・ポランスキー監督『私は弾劾する』は、
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