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現代の家族劇から見えるもの

 今年のベネチア国際映画祭は、前稿で書いたように見ごたえのある歴史ものが多かった一方で、現代を描いた映画は、どの映画からも家族の不安定さが見えた。

銀獅子(監督)賞のロイ・アンダーソン監督『エンドレスについて』拡大銀獅子(監督)賞を受賞したロイ・アンダーソン監督『エンドレスについて』
 受賞作で言えば、銀獅子(監督)賞のロイ・アンダーソン監督『エンドレスについて』は、現代人の関係の空虚さをシンボリックに見せる。儀式で使うワインの残りをラッパ飲みして酔っぱらって説教をする牧師、シャンパンがひたすら好きな女、キリストのように重い木の十字架を背負って歩く男、女が着く駅にずいぶん遅れて来た男、世界を征服しようとした男(ヒトラー)などなど。オチのないギャグのようなエピソードが続く。滑稽な男はおおむね白塗りだ。最後はシベリアの収容所に向かう兵士たち。一番印象に残ったのは、廃墟と化した町の上に抱き合って浮かぶカップルだろうか。頼るもののない現代人の姿が極められている。

 女優賞は、ロベール・ゲディギアン監督『グロリア・ムンディ』のアリアンヌ・アスカリッド。南仏の老夫婦、子供夫妻の厳しい日常を描く。アリアンヌ・アスカリッドが老いた母を演じたが、元夫が刑期を終えてやってくることから波瀾が起こる。現代社会の中で生きるのに精一杯の人々を描く演出はさすがだが、同じ監督の『キリマンジャロの雪』(2011)に比べると展開に無理があった。

 誰もが女優賞を期待したのは、是枝裕和監督『真実』(10月11日公開)のカトリーヌ・ドヌーヴ。大女優ファビエンヌ役で、彼女の自伝『真実』が出版されたのを機に、ニューヨークに住む脚本家の娘・リュミール(ジュリエット・ビノシュ)が売れない俳優の夫(イーサン・ホーク)と帰ってくる。『真実』を読んだリュミールは「この本のどこに『真実』があるのよ」と怒り出し、2人の感情のもつれがあらわになる。

「真実」のドヌーヴとビノシュ(C)L.Champoussin-3B-Bunbuku-MiMovies-FR3拡大是枝裕和監督『真実』。カトリーヌ・ドヌーヴ(左)とジュリエット・ビノシュ (C)L.Champoussin-3B-Bunbuku-MiMovies-FR3

 是枝監督にとっては初めての海外での演出だったが、2人の女優のユーモアたっぷりの丁々発止に会場は沸いた。地元紙「コリエーレ・デラ・セーラ」は翌日に以下のように書いた。

 自国の日本から遠く離れたパリで初めて映画を作ることを心配はしていた。しかし『真実』はその懸念を吹き飛ばし(監督は作家としてのこれまでの道のり、つまりアイデンティティのテーマや嘘と真実の関係の考察を続けた)、そして日本人ではないキャスト――とりわけ偉大なドヌーヴ――を演出の理想的な味方につけた。

「真実」記者会見、右よりドヌーヴ、是枝、ビノシュ拡大『真実』の記者会見で。右からカトリーヌ・ドヌーヴ、是枝裕和監督、ジュリエット・ビノシュ=撮影・筆者
 「秋のパリを描く水彩画のように」(是枝監督の言葉)、母娘の複雑な感情をあえて軽くコメディタッチに仕上げた是枝監督の手腕が光った。女性監督ではないが、まさに「女性映画」の代表格だろう。

 審査員賞のイタリアのフランコ・マレスコ監督の『マフィアは昔と変わった』は、1992年にマフィアに殺されたファルコーネとボルセリーノの2人の検事の死後25周年のシチリア島・パレルモを描いたドキュメンタリー。なぜか追悼のコンサートを引き受けた怪しい興行師のチッチョ・ミーラと長年マフィアと戦ってきた写真家のレティツィア・バッタリアを狂言回しに、現代のパレルモの変遷を描く。イタリア人には大ウケだったが、外国人にはわかりにくい。それでも皮肉たっぷりのナレーションからある種の強烈な諧謔は十分に伝わってくる。

 そのほか、スティーブン・ソダーバーグ監督『ザ・ランドロマット―パナマ文書流出―』は、パナマ文書問題をメリル・ストリープ演じる主婦の目から描いたもの。映画になりにくい題材だが、何としてもこの問題を取り上げたい才人ソダーバーグの意欲が伝わってくる。ネットフリックスの製作だが、アメリカのメジャー映画会社が受けないテーマかも。

 同じネットフリックスの製作では、ノア・バームバック監督の『マリッジ・ストーリー』が離婚する若い夫婦の話を描く。舞台演出家の夫(アダム・ドライバー)と女優(スカーレット・ヨハンソン)の夫婦は、ある時から少しずつ関係にずれが生じ始める。アメリカの都会の饒舌でドジなインテリたちを描くのはウディ・アレンを思わせるが、もっとリアル。

 アトム・エゴヤン監督『ゲスト・オブ・オナー』は保健所の衛生検査員の父と高校教師の娘の葛藤を描く。娘は亡くなった母親が病気の時に、父が音楽の先生とできていたことを根に持っている。父親はレストランの衛生検査をしながら、娘が進んで刑務所に行った理由を探る。

 パブロ・ラライン監督の『エマ』は、若いダンサーの女性エマが、演出家の恋人パブロと養子縁組した少年パブロを手放した後の物語で、ダンスや身体を美的に構成してある種のシュールな域に達している。

 これら4本も女性の視点が中心の「女性映画」だろう。

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筆者

古賀太

古賀太(こが・ふとし) 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

1961年生まれ。国際交流基金勤務後、朝日新聞社の文化事業部企画委員や文化部記者を経て、2009年より日本大学芸術学部映画学科教授。専門は映画史と映画ビジネス。訳書に『魔術師メリエス――映画の世紀を開いたわが祖父の生涯』(マドレーヌ・マルテット=メリエス著、フィルムアート社)、共著に『日本映画史叢書15 日本映画の誕生』(岩本憲児編、森話社)など。個人ブログ「そして、人生も映画も続く」をほぼ毎日更新中。http://images2.cocolog-nifty.com/

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