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「高畑勲展」―歴史的新資料と思考を触発する展示

高次の表現に挑み続けた50余年の足跡

叶精二 映像研究家、亜細亜大学・大正大学・女子美術大学・東京工学院講師

「可愛らしい文字の洪水」に浸かる

 「映画の取材者たちは、監督に作品についての疑問をぶつけ、観客が納得出来る端的な回答を得たいと思っている。それが記事になったとして、読者自らが考える機会を奪ってしまうことになるのではないか」

 これは、筆者が10年前に高畑勲監督から伺った言葉(要旨)である。準備作業中、高畑監督のこの言葉がずっと頭から離れなかった。高畑勲監督は、常に多義的多層的な思考をされる方なので、短絡的感性的印象による閉じた結論を好まなかった。展示についても、高畑監督と作品について固定化されたイメージを引き剥がし、考えることを触発する内容でありたいと願ってきた。

 アニメーション作品は集団創作の集積である。セル画1枚・背景画1枚といえども複数の工程を経ており、一個人の関わった範囲の特定は困難だ。高畑監督の場合、演出の起点となる絵コンテ執筆も共同作業であり、個人作業ではない。高畑監督は「絵を描かない」と言われているが、実際には思索過程でメモと共にラフスケッチを量産している。それを元にアニメーターと綿密な討議を繰り返し、絵コンテの左半分を埋める画が描かれる。

 一方で右半分を占める箱書きのセリフやカメラワークなど様々な指示は高畑監督が記す。つまり、文字は高畑監督自身の仕事として見極めが可能だ。資料には宮崎駿や小田部羊一ら他のスタッフが記したメモも多々混在していたが、幸い高畑監督の筆跡は数十年前の速記でも判別出来た。大量の絵が展示されることを大前提として、高畑監督自身の原稿やメモに記された膨大な文字を物量として展示出来れば、結果として監督の思考過程・演出法の片鱗が浮かび上がるのではないかと考えた。「言うは易し」だが、展示スタッフの尽力によってガラスケース・壁面映写・パネル・的確なキャプションなど多角的な工夫を凝らした見応えのある構成となった。

 「高畑勲展」を訪れた多くの観覧者から「予想以上に時間がかかる」「半日いてもまわり切れない」といった感想を聞く機会が多い。同時に「監督の文字が読みやすい」「可愛らしい」という感想もよく聞いた。ここまで文字の展示が多くて大丈夫なのだろうかという不安も抱いたが、杞憂であった。「文字の洪水」に浸ることで、一つの課題に様々な観点からアプローチした巨人の思考の痕跡が垣間見える。「読む」「観る」を等価とする展示によって、観覧者それぞれが思いを巡らせ、つい誰かと討議したくなるような展示となっている。

「アルプスの少女ハイジ」の山小屋内部を再現したコーナー拡大『アルプスの少女ハイジ』(1974年)の山小屋内部を再現したコーナーで

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筆者

叶精二

叶精二(かのう・せいじ) 映像研究家、亜細亜大学・大正大学・女子美術大学・東京工学院講師

映像研究家。亜細亜大学・大正大学・女子美術大学・東京工学院講師。高畑勲・宮崎駿作品研究所代表。著書に『宮崎駿全書』(フィルムアート社)、「『アナと雪の女王』の光と影」(七つ森書館)、『日本のアニメーションを築いた人々 新版』(復刊ドットコム)、共著に『王と鳥 スタジオジブリの原点』(大月書店)、『マンガで探検! アニメーションのひみつ』(全3巻、大月書店)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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