「欧米の常識」押しつけへの違和感
2019年10月09日
最近、「ビジネス」と「美術史」を結びつける動きがあるようだ。書店では、「教養」という文字が表紙に大きく書かれた美術本を多く見かけるし、「ビジネスパーソン向け」をうたった美術史講座も、今やカルチャーセンターだけでなく、美術館でも開催されて、好評と聞く。
講座については参加したことがないのでわからないが、いくつかの美術本を手に取ってみると、その内容は、文字どおり教養としての美術史の知識を説くものもあれば、美術作品の魅力を感じ取る豊かな感性をいかに養うかに重きを置いたものもあって、さまざまである。
そんな中で一際目を引くのが、「日本人が海外のエリートビジネスパーソンと渡り合うために必要な教養」として美術史を説くという趣旨の本である。
ここでは「ビジネス美術史本」と呼ぶことにしよう。
言いにくいことだが、「ビジネス美術史本」を見て、正直、モヤモヤした気持ちになっている美術ファンも多いのではないだろうか。そう思うのは、身の回りでずいぶんそういう声を聞くからだ。あまり批判めいたことは書きたくないが、そんな人たちに、「モヤモヤしているのは私もですよ」と声を掛けるような気持ちで、思い切ってこの記事を書くことにした。
そもそも従来の美術入門書も全集も、すべて教養に資する面をもつわけだが、「ビジネス美術史本」とは、どういうものか。
ある本の「はじめに」には、こんなことが書かれている。
欧米の「エグゼクティヴなポジション」にいる人にとって、美術史は人とのコミュニケーションの手段として必須であり、海外の大学で美術史を学んだ著者が交友する「知的エリート」たちは、美術史の教養を身につけているという。また、同じ著者はネットの記事で、こう述べている。現代の欧米のエリートたちを相手にビジネスをするなら、こちらにも美術史の教養が必要である。欧米の「アッパークラス」の人たちは、同レベルの教養がない人と親しくはしないし、そういう相手であるか否かを、美術史の知識の有無で見抜こうとする人も多いのだと。
つまり、ビジネスパーソンに「必要性」を強調して、「これさえ読めば一流のビジネスパーソンになれる」という安心感を与えるという、その売り方に特徴があるわけだ。数多あるビジネス本の手法であり、新しい美術本というよりも、新しいビジネス本といった感がある。
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