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 クエンティン・タランティーノ監督の熱心なファンではないので、彼の新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』をあまり期待せずに観たが、うれしいことに、個人的にはタランティーノ史上の最高作にさえ思われる出来ばえで、161分間まったく退屈しなかった。

 描かれるのは、1969年のハリウッドという、映画の黄金期(1930~40)など遠い過去になってしまった衰退期の映画都市を舞台にした、ヒッピー集団“マンソン・ファミリー”が同年8月9日に引き起こした実在の惨劇――シャロン・テート事件――をヤマ場とする物語だ。そして何より、いくつかの迂回的エピソードをえんえんと描きながら、くだんの事件に徐々に焦点を合わせてゆく、弛緩(しかん)と緊張がミックスされた作劇が絶妙である(タランティーノお得意の、登場人物が交わす本筋とは無関係な無駄話、与太話は本作でも健在で、迂回的エピソードを効果的に膨らませている)。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』拡大レオナルド・ディカプリオ(右)とブラッド・ピットの豪華な共演も話題になった『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』=ソニー・ピクチャーズ提供

 また、1969年のハリウッドという歴史的参照点をもつ本作では、架空の主人公である、時代の波に乗りきれなかった西部劇俳優らとともに、何人かの実在の人物が実名で登場する。

 たとえば、事件の渦中にあった新進女優のシャロン・テート(演:マーゴット・ロビー)、その夫の映画監督ロマン・ポランスキー(演:ラファエル・ザビエルチャ)、事件を教唆したとされるカルト教団の教祖、チャールズ・マンソン(演:デイモン・ヘリマン)、その他ブルース・リー(演:マイク・モー)、スティーヴ・マックィーン(演:ダミアン・ルイス、そっくり!)、などなどだ。

 ただし後述するように、タランティーノはくだんの事件を、自らの創作によって書き換えている。すなわち彼は、1969年に起こった実在の事件を物語の中心に取りこみつつ、また当時の映画業界の舞台裏を再現的に描きつつ、それをありのままのファクトとは異なるフィクションに仕立て上げたのだ。

 そして、そうした作風にリアルさを注入するためには、実名/実在の人物と架空の人物を共存させる手法が最適であったと思われる(タランティーノはナチ・ハンターの活躍を描いた快作『イングロリアス・バスターズ』(2009)でも、チャーチル、ヒトラー、ナチ宣伝相ゲッベルスなどを実名で登場させ、ヒトラー、ゲッベルスらナチ幹部が映画館で焼殺される、という痛快な史実の改変をおこなった)。

 こうした虚実入り混じる設定に加えて、タランティーノは、自身の記憶の中にある1969年当時のハリウッドの街並みを入念に再現した。平べったい箱型のクラシック・カーが大量に調達され、ハリウッド大通りやサンセット大通りが、標識や横断歩道、電柱や電線までを含めて、50年前の仕様に引き戻されたのだ。

 この<本当らしさ>の追求によって再現された過去のハリウッドの景色も――いかにもタランティーノ作品らしく、おびただしく引用ないし言及される当時の映画、TV番組、音楽などのポップ・カルチャーとともに――、本作の妙味をいっそう増幅している(もっとも、ここが微妙なのだが、 ・・・ログインして読む
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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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