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「天保水滸伝」アウトローでまちおこしぃぃぃ?

九十九里から鹿島神宮へ、ヒーローたちの故郷をめぐる

玉川奈々福 浪曲師

東庄町は第二の故郷

 

浪曲旅日記拡大千葉県東庄町の延命寺にある「笹川繁蔵之碑」
幕末は「侠客(きょうかく)」の時代でした。

 一番有名なのは、なんといっても、清水次郎長。あと国定忠治かな。ちょっと詳しい方は、大前田英五郎、銚子五郎蔵、黒駒勝蔵、竹居吃安……なんて名もご存知かもしれません。笹川繁蔵、飯岡助五郎をふくめ、みな江戸後期から明治初期を生きた、同時代の人たちです。

 なんでこの時期に、こんなに侠客が出たのか……という方面にご興味ある向きは、高橋敏先生の「博徒の幕末維新」(ちくま学芸文庫)、「国定忠治」(岩波新書)等々をお読みください。

 でも清水では次郎長さんをまちおこしには使ってない様子だし、ちょっと前まで長野県で行われていた国定忠治まつりも最近聞かない……。

 ま、イマドキの「反社」とは全然違うとはいっても、アウトローたちをまちおこしに掲げるのは、はばかられるのかもしれません。

浪曲旅日記拡大10年前の「浪曲でまちおこし」ポスター。故国本武春さんと東庄町でうなりました
 ところがどっこい、果敢にも東庄町は、「天保水滸伝」を、町長さんからして率先してまちおこしに掲げてくれているのです。

 なぜか。

 浪曲には、そして「天保水滸伝」には、人の情けが流れている。人情が紙より薄いこの時代、人と人との間に流れる情けを大事にせずに、行政もまちおこしもない。だから、浪曲を、そして地元の物語である「天保水滸伝」を聞きなさい、と。

 浪曲師としては、泣くね。町長、日本一!!!

 東庄町では、今までにもう何回浪曲会を開いてもらったことか。そして私は、観光大使にご指名いただいているわけです。

 だから私にとって東庄町は、第二の故郷。行けば、ほとんど身内のように感じられる方々に会える町。そして、笹川繁蔵の墓があり、平手の墓があり、平手が死んだ諏訪神社があり、末裔(まつえい)のかたもおられ、利根川の豊かな流れがあり、主産業は農業と養豚養鶏だから、野菜もお肉もおさかなもおいしくて、行くのが嬉しい。

 ふと、考えた。

 物語の舞台となった場所に行くのはわくわくする……浪曲ファン、「天保水滸伝」ファンのお客さんたちをお連れしたら、それはとても楽しいのではないか?

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筆者

玉川奈々福

玉川奈々福(たまがわ・ななふく) 浪曲師

横浜市生まれ。出版社の編集者だった94年、たまたま新聞で浪曲教室のお知らせを見て、三味線を習い始め、翌年、玉川福太郎に入門。01年に曲師から浪曲師に転じ、06年、玉川奈々福の名披露目をする。04年に師匠である福太郎の「徹底天保水滸伝」連続公演をプロデュースして大成功させて以来、数々の公演を企画し、浪曲の魅力を広めてきた。

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