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『ワンス・アポン~』、迂回→急転の妙など

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の公式サイトより

 前回述べたように、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の中盤で、シャロン・テート(マーゴット・ロビー)が自分の出演した映画を観ていた頃、暇つぶしにリック(レオナルド・ディカプリオ)の車で町をドライブしていたクリフ(ブラッド・ピット)は、以前見かけたヒッチハイカーのヒッピー少女、プッシーキャット(架空、演:マーガレット・クアリー)を拾うと、彼女は行き先を「スパーン映画牧場」(実在)と告げる。

 そこはクリフにとっても馴染みの西部劇の撮影所であったが、しかし牧場は今、プッシーキャットら、チャールズ・マンソンを教祖として崇拝するヒッピー集団、“マンソン・ファミリー”が営む怪しげなコミューンの拠点となっていた(実在のコミューンだが、かつての西部劇撮影所が“ファミリー”の拠点になっていること自体、1969年がハリウッド西部劇の衰退期であったことを如実に示している<西部劇の衰退期については後述>)。

 前述のように、こうした、ひょんな偶然からクリフと“マンソン・ファミリー”が出会うという、ゆるやかに迂回しつつ物語が核心へと向かうプロット展開も巧みだが、だだっ広い牧場の敷地を挟んで、ゆっくりと歩くクリフと一列に横並びになった“マンソン・ガールズ”らとの視線の交わりを、カメラが切り返しで映すシーンにみなぎる一触即発のサスペンスも冴える(緊迫した視線劇が描かれるのみで、凶事は何も起こらない)。

 このシークエンスではその後、クリフが“マンソン・ガールズ”の一員、スクィーキー・フロム(実在、演:ダコタ・ファニング)を介して、牧場主で盲目の老人ジョージ・スパーン(実在、演:ブルース・ダーン)に会うシーンや、クリフが乗ってきた(リックの)車のタイヤをパンクさせた“ファミリー”の若者クレム(実在? 演:ジェームズ・ランドリー・へーベルト)を、クリフが拳でノックダウンさせる派手なアクション・シーンが描かれる。

……かくして、この不穏なシークエンス(およびその後の、チャールズ・マンソン/デイモン・ヘリマンがシエロ・ドライブに住んでいた音楽プロデューサーのテリー・メルチャー(実在)に会いに来るが、彼は引っ越していて代わりにシャロン・テート/ポランスキー夫妻がその邸宅に住んでいることを知る短いシーンと、“マンソン・ファミリー”の4人がリック邸に下見に来てリックに恫喝されて引き上げるシーン)によって、物語のクライマックスである8月9日の事件が予告されるのだ。

8月9日、「シャロン・テート事件」発生の日に合わせた映画イベントでは、彼女の生前のパネルも飾られた=東京都港区六本木8月9日、「シャロン・テート事件」発生の日に合わせた映画イベントでは、彼女の生前のパネルも飾られた=東京都港区六本木

 TV西部劇「対決ランサー牧場」で悪役を演じたのち、リックはイタリアに渡り、クリフがスタントマンを務める4本のマカロニ・ウェスタンに出演し、まずまずの成功を収め、半年後クリフとともにロサンゼルスに帰還する。……やがて、くだんの事件が起こる8月9日がやってくるが、先述のように、クエンティン・タランティーノは実在の事件を大胆、かつ感動的に書き換えている。

 その顛末は見てのお楽しみだが、そこではクリフの愛犬ブランディが、リック邸――シャロン・テート/ロマン・ポランスキー夫妻の邸宅ではなく――に侵入した“マンソン・ファミリー”を相手に大活躍し、タランティーノ印たる“パルプ・マガジン”的な――“悪趣味”でコミカルな――暴力が過激に噴出し、序盤で伏線として登場した火炎放射器も、リックによってあっと驚くようなやり方で使用される(あっぱれ!)。ちなみにくだんの火炎放射器は、朝鮮戦争の戦線における米軍小隊の後退戦を苛烈に描いたアンソニー・マン監督の傑作、『最前線』(1956)で禍々(まがまが)しく登場するそれを連想させる。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

なぜイーストウッドやレオーネへの言及を避けたのか

 ところで、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の物語には、二つの焦点がある。いうまでもなく、その一つは、1969年8月9日に“マンソン・ファミリー”が引き起こした惨劇(の改変)である。もう一つは、リックが新たなキャリアを築くために出演する、1960~70年代にかけて隆盛したイタリア製西部劇/マカロニ・ウェスタンという、新たな低予算ジャンルへの映画史的参照だ(その時代は、1930~50年代が最盛期だった古典的西部劇の衰退期であり、また1950~60年代中葉までが最盛期だったTV西部劇の衰退期でもあった)。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

 ここで触れておきたいのは、この

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