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為末大が子どもたちに伝えたい生きるための言葉

子育て中の元五輪陸上選手が書いた子ども向けの本に込めた思いとは

為末大 株式会社Deportare Partners代表・元五輪選手

小学校に出向き、陸上教室を行う為末さん

 「走る哲学者」と呼ばれた為末大さん。世界陸上選手権、ハードル競技で銅メダルを2度勝ち取り、オリンピックにも3度出場したアスリートである。陸上競技だけでなく、禅、ビジネスなど幅広いジャンルの著作がある為末さんが、この10月、子ども向けの本を刊行した。タイトルは『生き抜くチカラ ボクがキミに伝えたい50のことば』。なぜ子ども向けの書籍を書いたのか、何を伝えたいと思ったのかなどを聞いた。(構成・西所正道)

みんなが見ているから静かに?

為末大さん
 4歳になる男の子がいるのですが、一緒にいると気づかされることがたくさんあります。

 あるとき、電車の中でうちの子が大きな声で話し始めたことがありました。僕は何気なく、「大きな声を出すの、やめなさい。〝みんなが見ているでしょ〟」と注意したんです。次の瞬間、子どもから「みんなが見ているからいけないの? おとうさん」と言われました。

 あの言い方は果たして適切だったのかをずいぶん考えました。

 社会通念に則って生きたほうが確かに生きやすい。でもそれに適応しすぎると、自分らしさを発揮しづらくなってしまうかもしれない。人の目を過度に気にせず、自分が目指すものをやり遂げる。そんなふうに子どもがしなやかに生き抜いていくには、どんなことを知っておいたほうがいいのだろう……。子どもが生まれてからそういうことをよく考えるようになったのです。

 それが子ども向けの本を書くきっかけになっています。

失敗の仕方で未来が変わる

 生きていくうえで、目標を決めることは大切です。いわば〝北極星〟のような存在。これをしっかりと持っていれば、生きていく中でいろいろな出来事があっても、迷いそうになっても、あまりブレずに進んでいける。

 では、自分にとっての〝北極星〟はどうすればみつかるのか。自分にとって「好きなこと」で、なおかつ「合っていること」を探っていけば見つけられると僕は思います。そのために何が必要かといえば、いろんな経験をすることです。

 そのとき大切なのは、やり始めて、これは違うな、自分には合わないなと思ったらすぐに方向転換をするということ。合っていないと失敗することも多いし、そういう状況で我慢し続けられる人は少ないと思うけど、とにかく時間がもったいないですからね。

 合っていることの見つけ方ですが、ヒントは、本人はそれほど頑張っていないのに人並み以上にできちゃった、あるいは、みんなが褒めてくれたといった経験がないかどうかを振り返ってみてほしいのです。思い当たることがあったら、それがあなたにとっての北極星になる可能性があります。

子どもたちと一緒に走ったり、体を動かすことで、運動する楽しさや目標をクリアする喜びを感じてもらう
 僕の場合、それは陸上です。おなじスポーツでも、力の強弱をコントロールする能力、空間認知能力が必要な球技はまったくダメなんですが、身体能力を全力で出す陸上は向いていた。中学3年のときには100メートルと200メートルで全国一位になりました。これなどは素質だな、合っていたんだなと思います。

 でも、素質だけではトップ選手になれません。僕も現役時代何度も壁にぶちあたりました。そうした状態を脱出していくプロセスの中で考えたこと、得られたことが、のちの人生にかなり役立ちました。この本にも書きましたが、<失敗は「すべて」ではなく、成功への道のりの「一部」。><成功も失敗も、自分で選んだものなら意味がある>……。

「努力」は「夢中」に勝てない

 失敗から立ち直るとき、みんな必死で努力すると思います。努力すれば必ず報われる、と言われますが、実際にやってみて、そうでもないと気づいたことがあります。

 実は努力よりもすごいパワーを引き出してくれるものがあります。それは「夢中」です。夢中になれているときというのは、過去を振り返って落ち込んだり、未来を憂えたりはしていません。いまこの瞬間、目の前のことに集中して、没頭できます。

 没頭して取り組んでいるときに、人はすごく深い何かにタッチできる瞬間があるのです。〝深い何か〟というのは、競技者であれば技術や感覚など、あるいは深い教訓、真理のようなものです。しかもそのときに得られた技術レベルというのは、それ以降スランプになったとしても、体が覚えているのか、練習を重ねていくうちにまたそのレベルに戻れるのです。

 「夢中」というのは、自分の前に立ちはだかっていた「壁」を打ち破り、一つ上のレベルに引き上げてくれる力があるのです。こういう体験は、努力だけでいくらやってもなかなか得られません。

座右の銘は持たない

少しでも足が速くなることや、高いハードルが飛べるなどの“成功体験” や“自分の目標は自分で決める”ことを学んでもらおうと考えている
 こういう本を出版すると、座右の銘は何だろうと興味を持たれますが、そうしたものは持たないタイプです。

 アスリートの中には、座右の銘を胸に、それをパワーにして突き進んでいくタイプがいます。それでうまくいけばいいのです。でも座右の銘というのは、周辺状況や体調、メンタルの状態が変わると、フィットしないときがあります。たとえば死ぬ気でやれば何でもできると信じた方がいい局面もあれば、力まず楽しみながらやったほうがいい場面もあります。

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