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大阪万博その2 仕掛けられた「反博」の爆弾

【2】三波春夫「世界の国からこんにちは」

前田和男 翻訳家・ノンフィクション作家

異形のモニュメント、太陽の塔

拡大太陽の塔。半世紀を経てもなお圧倒的存在感

 国民の大半を駆り立てた強力な原動力は、三波による「万博の笛吹き唄」以外にもう一つあった。それは岡本太郎の「太陽の塔」だ。これを見た人は吹聴したくなり、それがまた人を呼ぶ。私も今回はじめて現物をみて圧倒された。写真に撮るだけでなく売店でフィギュアまで購入してしまった。そして前述した半世紀前の居酒屋のシーンの続編を思い出した。おっさんの飲み仲間がテレビに映った「太陽の塔」を指さしてこう呼応したのである。「三波春夫の唄もだけど、このとんでもない代物をさんざ見せられてるとさ、もう行ったのとおなじ気分になっちゃうよな」

拡大フィギュアになっても圧倒的存在感
 三波の唄と岡本の塔、まさしくこれが国民総動員の二大ツールであったことは間違いない。逆を考えてみればすぐにわかる。大人気の「月の石」があっても、もし万博の「笛吹唄」と「異形の塔」がなかったら、国民の半分を動員し、国民の大半を「行かなくても行った気分」にさせられただろうか。もちろん答えは「否」である。

  と、ここまでの筋立ては、われながら理路整然としてマルクス・レーニン主義教育をうけた三波春夫にも、実に論理的だと同意してもらえるだろう。しかし、はて困った。ある矛盾に立ち至ったのである。二大動員ツールである「唄」と「塔」の親和性への疑念である。すなわち、両者は少なくとも足し算、さらには掛け算になったのか。もっとわかりやすくいうと、三波春夫と岡本太郎は互いを評価しあっていたのか。一般には、二つの広報宣伝ツールがあった場合、両者に親和性があれば大いなる相乗効果を発揮する。逆に二つのツールがいかに有力であっても互いに打ち消しあう関係だと、全体としてはマイナスに働く。では三波と岡本の間はどうだったのか。

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筆者

前田和男

前田和男(まえだ・かずお) 翻訳家・ノンフィクション作家

1947年生まれ。東京大学農学部卒。翻訳家・ノンフィクション作家。著作に『選挙参謀』(太田出版)『民主党政権への伏流』(ポット出版)『男はなぜ化粧をしたがるのか』(集英社新書)『足元の革命』(新潮新書)、訳書にI・ベルイマン『ある結婚の風景』(ヘラルド出版)T・イーグルトン『悪とはなにか』(ビジネス社)など多数。路上観察学会事務局をつとめる。

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