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【ヅカナビ】「フェアリー」と「人間」のはざまで

花組トップスター明⽇海りおの卒業に寄せて考えてみた

中本千晶 演劇ジャーナリスト


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 稀代のフェアリータイプスターといわれる明日海りお。そのサヨナラ公演『A Fairy Tale-青い薔薇の精- 』では本当に妖精になってしまった。明日海が演じるのは、青い薔薇の精エリュ。精霊と人間の少女との禁断の恋の物語だ。だが、明日海りおは果たして「フェアリー」なんだろうか? 今回のヅカナビでは最後にそのようなことを考えてみたいと思う。

『A Fairy Tale』もう一つのメッセージ

 『A Fairy Tale』はファンタジーのようでいて、意外にメッセージ性の強い硬派な作品だ。この作品からは二つの問いかけがある。一つは、自然を破壊し続ける人間の傲慢さへの警告だ(ここではこの点には詳しく触れない)。そしてもう一つは、現実の中で生きる人間が「夢の世界」とどう向き合うべきか、という問題提起である。

 観終わったとき、不思議な感覚に囚われた。まるでエリュに「妖精の粉」を振りかけられたような気分になったのだ。劇中に出てくる「妖精の粉」には精霊との記憶を消し去る作用がある。精霊と関わった人間にはこの粉を振りかけないといけないというのが掟だ。だが、シャーロット(華優希)に自分のことを忘れて欲しくないエリュは、彼女にどうしても粉をふりかけることができない。これが精霊界の罪に問われ、エリュは霧の世界に閉じ込められ、青い薔薇しか咲かせることができなくなってしまう。

 フェアリー明日海りおもまた、これまで多くの人の心を狂わせてきたことだろう。まるでエリュの存在がシャーロットを夢中にさせ、ついに現実世界に目を向けられなくなってしまうがごとく。その意味で、エリュは明日海りおそのものであり、シャーロットはまるで明日海が見せてくれる夢の世界に酔う観客のようでもある。

 だが、最後にシャーロットは現実世界と折り合いをつける術を⾒つける。そしてエリュもまた妖精の粉を振りかける勇気を得るのだ。「⼼を閉ざして夢の世界にいたままではいけない。ちゃんと現実の世界に⽣きなければいけない」、そんな⾵に⾔われているかのようだ。

 ここでふと明⽇海のバウ主演作『アリスの恋⼈』(2011年⽉組)のラストを思い出した。明⽇海演じるルイス・キャロルはナイトメアとの戦うシーンでこう⾔うのだ。

 「僕はわかっていなかった。夢を⾒るためには⽬覚めなければいけないんだ。夢は現実と戦い続ける者だけが⾒られる特権なんだ! 」

 夢を糧にしながら現実世界をきちんと⽣きていける⼈だけが、夢を⾒る資格を得る。奇しくも、明⽇海りおのフェアリー⼈⽣は、そんなメッセージから始まり、締めくくられたことになる。

トップスターへの道程は⾃⼰開放の道︖

 ⼤変な盛り上がりを⾒せた宝塚⼤劇場の千秋楽。深く印象に残ったのは、サヨナラショー終了後、⼤階段での挨拶までの間に流れた、明⽇海⾃⾝の初舞台からの歩みを振り返ったメッセージだった。それはフェアリーというよりもむしろ⼈間くさい、⾃然体でユーモラスで、でも飾らず率直に綴られたものだった。

 早くから注⽬されていた⼈ではあったけれど、⼊団当初は、あまり怒られないように「ひっそりと⽣きていた」のだそうだ。トップスターだった彩輝直に「お芝居、好きでしょ」と⾔われて初めて、「そうか、⼀つひとつのことを丁寧にこだわってやると『お芝居が好き』に⾒えるのか、いや、本当に好きなのかも︖ 」と気付いたという。トップスターになっても「おめでとう」の⾔葉は保留し続けた。⼤階段の真ん中に⽴てることの喜びを素直に噛み締め、ようやく「トップスター就任おめでとう」の⾔葉を受け取る資格ができたと思えたのは、⼤劇場公演6作⽬の『邪⾺台国の⾵/Santé!! 〜最⾼級ワインをあなたに〜』の時だった。

 多くの⼈は、⽬標や理想を思い描き、そこに⾃分を近づけようと努⼒していく。だが、明⽇海りおという⼈はむしろ逆で、⾃分の潜在⼒に気付くまでにまず時間がかかり、気付いてからもそんな⾃分に驚き⼾惑いながら、だんだんと持てる⼒の⽅に⾃分を合わせていく、そんなタイプらしい。つまり明⽇海りおにとってトップスターまでの道のりは、⾃⼰理解、⾃⼰開放の過程でもあったのではないだろうか。

 私が初めて明⽇海りおという⼈を認識したのも、本⼈としては「ひっそり」⽣きていた頃らしい。でも、私はそのときのことを鮮烈に覚えている。それは『暁のローマ』(2006年⽉組)という作品で、私は主⼈公カエサル⾒たさに⼤劇場まで⾜を運んだはずだった。ところが、カエサルを裏切るブルータスが率いる数名の部下たちの中で、常に⼀番端にいる最下級⽣らしき⼈からどうにも⽬が離せなくなってしまったのだ。それが明⽇海りおだった。「ひっそりと⽣きている」つもりでも、その放つ光は隠しきれないものだ。スターとは「空間⽀配⼒」が強い⼈だというが、明⽇海りおの例がまさにそれだった。 ・・・ログインして読む
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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『タカラヅカ流世界史』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師、NHK文化センター講師。

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