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大阪フィルと新たな道を切り拓く指揮者・尾高忠明

ベートーヴェン交響曲全曲演奏で第49回JXTG音楽賞の洋楽部門本賞を受賞

伊熊よし子 音楽ジャーナリスト・音楽評論家

 これまで内外の数多くのオーケストラを指揮してきた尾高忠明(71)が2018年、大阪フィルハーモニー交響楽団の音楽監督に就任。着任初年度にベートーヴェンの交響曲全曲の演奏を行い、高い評価を得た。

 その果敢な挑戦、完成度の高さ、オーケストラとの一体感、自身の音楽家としての集大成的な企画が評価され、第49回JXTG音楽賞の洋楽部門本賞を受賞した。この賞は、1966年に児童文化賞、71年に音楽賞が創設され、約半世紀にわたって我が国の児童文化・音楽文化の発展に大きな業績をあげられた個人または団体を顕彰している。

聴きにきてくださったことがうれしい

指揮をする尾高忠明さん(C)飯島隆(写真提供:大阪フィルハーモニー交響楽団)

 尾髙忠明は桐朋学園大学で斉藤秀雄に、ウィーン国立アカデミーではハンス・スワロフスキーに師事し、長いキャリアのなかで受賞歴も多く、91年に第23回サントリー音楽賞、99年には英国エルガー協会より日本人初のエルガー・メダルを贈られている。

 「私は英国とは縁が深く、ロンドン交響楽団、BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団などのオーケストラを振っています。サントリー音楽賞をいただいたときは、エルガーの作品に対する受賞で、賞をいただけるとは夢にも思っていませんでしたのでとても驚きました。

 今回のJXTG音楽賞に関しては、大阪フィルとともに敢行したベートーヴェンの交響曲全曲演奏が対象になったということで、賞をいただいたことはもちろん光栄ですが、なにより演奏を聴きにきてくださったことが一番うれしいですね。私はこうした華々しい賞などにあまり縁がなく、派手な人間ではないものですから、ビックリしました。

 でも、お客さまのなかには、北海道や東京からはるばる聴きにきてくださった方もいて、みなさんが『こういう演奏を大阪で聴くことができるなんて、こっちに住みたいくらいだ』とおっしゃってくださり、そうした反応がとてもうれしかったですね」

勉強し直したベートーヴェンの交響曲

 大阪フィルは、日本を代表する偉大な指揮者の朝比奈隆(1908~ 2001年)が長年に渡って音楽総監督を務めたことで知られる。

 「ですから、私がベートーヴェンの交響曲全曲演奏をすることに対し、どんな批判が起きるか、どう受け止められるか心配しました。でも、大阪フィルとは長いつきあいですし、音楽監督を任された以上、あらためて名刺交換をきちんとする必要があると考え、勇気をもって踏み出すことにしました。ベートーヴェンの交響曲を勉強し直し、いままでのオーケストラからは聴こえない響きを引き出すことに主眼を置き、全9曲の音楽語法の違いが表現できるよう力を尽くしました」

 尾高のそうした熱意と断固たる決心にオーケストラも見事に呼応。新しいステップを踏み出すことに成功した。

 「この演奏時期、私は医師から初期の前立腺癌の診断を受け、治療のために2カ月間指揮活動を休止すると公表していました。大阪の最後の公演では、それを知ったお客さまのひとりの女性が、私がステージで最後におじぎをしたところ、大きな声で『がんばってー!!』と叫んでくれたのです。すると会場中がその声に反応し、ものすごく大きな拍手が巻き起こりました。私は感極まって、立ち尽くしていました。大阪の人は本当に率直であけっぴろげで、勇気を与えてくれます」

神様からいただいた貴重な時間

尾高忠明さん
 いまは完治しましたが、治療としてはホルモン療法と放射線治療を行いました。治療中、ふだんの生活にはあまり影響がなく、食べる物や少々ならお酒も大丈夫とのこと。ただし、2カ月間は毎日、病院に通うため、まったく仕事はしなかった。
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