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『エセルとアーネスト』プロデューサーに聞く

「この人々が実際に暮らしていたと感じて欲しい」

叶精二 映像研究家、亜細亜大学・東京工学院講師

『スノーマン』の作画技術を引き継ぐ

レイモンド・ブリッグズ『スノーマン』(評論社)拡大レイモンド・ブリッグズ『スノーマン』(評論社)
――オリジナルであるダイアン・ジャクソン監督作品『スノーマン』は日本でも大人気で、空を飛ぶ見事な背景動画のシーンに流れる楽曲「Walking In The Air(空を歩いて)」は日本でもクリスマスに流れています。ブリッグズの線画とクレヨン彩色を再現した作画は大変画期的で驚きました。ダイアン・ジャクソン監督はすでに亡くなりましたが、『スノードッグ』がその技術と志を受け継いだ作品であることはひと目で分かりました。

ディーキン それは嬉しいです。『スノーマン』はダイアン・ジャクソン監督と絵コンテを担当したヒラリー・オーダスさん、ジョアンナ・ハリソンさんという3人の女性たちが中心になって制作されたのです。ジョン・コーツさんが企画を持ち込んだ際、男性アニメーターたちは興味を示さなかったそうです。

 スノーマンがバイクに乗るシーンはヒラリーさん自身のバイクなのです。絵コンテの段階で絵本通りでは尺が短すぎると分かり、間に「空を飛んでサンタに会いに行く」というエピソードを創作しました。ブリッグズさんは反対したのですが、いざ放送されるとそのシーンが大変好評でした。

 ルーパス・フィルムズには、『スノーマン』で育ったアニメーターたちが、その技法を復活させようと集りました。ヒラリーさんは『スノードッグ』の監督、ジョアンナさんは美術監督を務めています。この作品のリードアニメーターの1人が『エセルとアーネスト』で監督を務めたロジャー・メインウッドでした。ブリッグズは彼が監督ならと、信頼してまかせてくれました。

――『スノーマン』は動画1枚1枚を色鉛筆やクレヨンで彩色していたと聞きますが、『スノードッグ』はデジタル技術で彩色されているようですね。

ディーキン 最初はオリジナルと同じく、アセテートフィルム(「セル画」)にワックスクレヨンで描くという技法で制作しようと考えましたが、アセテートがすでに入手できなくなっていました。また、すべて手描きで色を塗ると時間がかかり過ぎて現実的でないことも分かりました。そこで、『スノードッグ』では手描きの輪郭線をスキャンして、コンピューターでベースとなる彩色を施し、それをプリントアウトして、色鉛筆で手描きで上塗りするという技法で制作しました。

 『エセルとアーネスト』に取りかかる前に高畑勲監督の『かぐや姫の物語』(2013年)をメインウッド監督と一緒に観ました。「スケッチの作画スタイルでルーズな線、これこそ私たちが目指すべきスタイルの作品だ」と思いました。メイキングのドキュメンタリーの中で高畑監督が大変なご苦労をされていることを知り、いろいろと学ばせてもらいました。長編アニメーションの監督は実写に比べてチームも大勢ですし、ストレスも大きい。しかし、メインウッド監督は誰に対しても笑顔で接していました。

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016拡大『エセルとアーネスト ふたりの物語』 © Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

――『エセルとアーネスト』は『スノードッグ』と同じ技法で作画されたのでしょうか。

ディーキン 当初ロジャーたちは紙と鉛筆で描きたいと思っていました。まず、テストとしてアーネストがエセルをデートに誘うシーンを制作しようとしたのですが、いろいろと問題が発生しました。舞台は1920年代で、アーネストはピンストライプのスーツを着ており、そこにはボタンもネクタイもあります。プロポーションや時代考証など、あまりにもディテールの情報が大量に上乗せされるため、デジタル技術を使った方がいいかも知れないと気付きました。

 「カートゥーン・サルーン」(アイルランドのアニメーションスタジオ)のポール・ヤングさんの勧めで、手描きのアニメーターが使いやすいというフランスで開発された「TV Paint」というソフトを導入することに決めました。作画監督のピーター・ドッドの発案で、ブリッグズのタッチを再現するブラシツールを開発することもできました。その結果、ブリッグズは原作を3年かけて描いたのですが、私たちは非常に複雑なキャラクターの作画をわずか9カ月ほどでほぼ完成できたのです。

 幸運なことに、イギリス、フランス、ルクセンブルクなどヨーロッパ中で活躍していた優れたアニメーターを集められました。ピーター・ドッドは『イリュージョニスト』(2010年)に参加していたので、そのチームが来てくれました。また、マイケル・デュドク・ドゥ・ビット監督『レッドタートル ある島の物語』(2016年)が完成したばかりだったので、そのチームからも人を招くことができたのです。日本で活躍しているポール・ウィリアムズもその一人です。

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016拡大『エセルとアーネスト ふたりの物語』 © Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

――ブリッグズさんの画よりも線描やマチエールが繊細で、顔や表情が立体的に描かれていますね。背景の家具や小物なども原作より細かく描きこまれています。背景に線描を加えているのも画面に統一感があって素晴らしいと思いました。

ディーキン ピーター・ドッドは3Dのようにすべてのアングルからキャラクターを描いてブリッグズさんのチェックを受けました。ピーター・ドッドとメインウッド監督は個人的に深い友情と信頼関係があったので連日討議しながら進めていました。美しい背景は美術監督のロビン・ショウの功績です。ロビンはルクセンブルクの「スタジオ352」で指導しましたが、彼はレンガの描き方にこだわり続けたので「レイモンド・ブリックス(レンガ)」というあだ名がついたほどでした(笑)。

 イギリスではCMでは手描きのアニメーションは制作されていましたが、長編は20年ほど作られていませんでした。『エセルとアーネスト』が成功したことで、参加したアニメーターたちは以降も30分の作品などを手がけるようになったのです。手描きのアニメーターたちは、それまでストーリーボードの依頼だけで(本編はCG制作のため)アニメーションに関われないことが多かったので、喜んでいました。こうした状況は「イギリスにおける手描きアニメーション技術の復興」と言っていいのではないかと思っています。

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筆者

叶精二

叶精二(かのう・せいじ) 映像研究家、亜細亜大学・東京工学院講師

映像研究家。亜細亜大学・大正大学・東京工学院講師。高畑勲・宮崎駿作品研究所代表。著書に『宮崎駿全書』(フィルムアート社)、「『アナと雪の女王』の光と影」(七つ森書館)、『日本のアニメーションを築いた人々 新版』(復刊ドットコム)、共著に『王と鳥 スタジオジブリの原点』(大月書店)、『マンガで探検! アニメーションのひみつ』(全3巻、大月書店)など。

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