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『いだてん』田畑の妻も? 新聞社で働く女性たち

大河ドラマが描いた/描かなかった朝日新聞社 その2

前田浩次 朝日新聞 社史編修センター長

菊枝の「先輩」にあたる人物

いだてん田畑拡大1915年ころの電話室と速記者たち。右端が高畠ふみ

いだてん田畑拡大朝日新聞で使っていた各種速記の例=朝日新聞社史資料編から
 ドラマでの菊枝の「先輩」にあたる人物は実在した。朝日新聞最初の女性速記者、高畠ふみ。1908年(明治42)に20代前半で入社し、1936年(昭和11)に退職している。

 「速記者」とは、特殊な記述方法で話し言葉を即座に書き記し、逆にその記述から元の発言を復元できる専門家で、新聞社では、電話で記事を送るときの受け手として活躍した。電話代が非常に高かったので、記者が読み上げる記事を速く正確に書き取る速記者たちを雇う必要があったのだ。

 電話の回線が限られていたころ、朝日新聞は「電話室」を設け、速記者たちもそこに集まっていた。取材網が各地に広がり、締切時間に向けて記事を送る電話が一斉にかかるようになってくると、受ける電話を壁に何台も並べ、速記者はその前で、立って記事を書き取るようになった。「いだてん」ではその様子も再現されていた。

 ドラマでの速記者・菊枝の仕事には、「秘書」的な要素もあったが、現実の速記者は、特定の記者や幹部の専属ということはなかった。ただ特に依頼されて、通常とは別の業務として、論文の口述筆記をした例などはある。

 また、記者会見の場に、記者とは別に速記者が赴いて、発言をまるごとメモしてくるという仕事もあった。

 「速記」で思い出すことがある。これは筆者だけの経験ではないと思うが、取材メモを書いていて、相手に「ほほう、それが速記ですか」と聞かれたことが何度かある。当方、速記術は何も知らず、即座に否定したが、そのメモには、単に崩れただけの、ミミズのような文字が書き連ねられていた。

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筆者

前田浩次

前田浩次(まえだ・こうじ) 朝日新聞 社史編修センター長

熊本県生まれ。1980年入社。クラシック音楽や論壇の担当記者、芸能紙面のデスクを経て、文化事業部門で音楽・舞台の企画にたずさわり、再び記者として文化部門で読書面担当とテレビ・ラジオ面の編集長役を務めたあと、2012年8月から現職。

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