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『いだてん』田畑の妻も? 新聞社で働く女性たち

大河ドラマが描いた/描かなかった朝日新聞社 その2

前田浩次 朝日新聞 社史編修センター長

二・二六事件のさなかも、電話交換を続けた

いだてん田畑拡大1937年(昭和12)年ごろの大阪本社電話課

 田畑政治や同僚の記者たちにとって、女性記者といえば竹中繁だった。

 当時、朝日新聞は1929年(昭和4)から5年ごとに社員写真帳をつくっているが、その年と1934年(昭和9)の写真帳には、東京朝日新聞編輯局の女性社員には竹中繁と高畠ふみを含めて2~3人しか記載されていない。

 では、緒方が「女・子供もいる」と言った、社内で働いていた女性とは。

 二・二六事件のとき、女性の電話交換手が4人いた。事件が起きた連絡が入った早朝、宿直で社内にいた2人の交換手は、社員の非常召集に大わらわとなった。その作業が一段落すると同僚2人も呼び出し、彼女らは朝8時30分ころに駆けつけた。

 その直後の9時ころ、兵たちが乱入してきた。4人は電話交換室の鍵を掛けて閉じこもり、交換業務を続けている。

 また、緒方が将校と対面するために部屋を出て使ったエレベーターの係も女性だった。落ち着いていたという。

 事務部門にも大勢の女性がいたが、乱入のころ、多くは出社前だったようだ。

 次回は「子供」についてお伝えする。

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筆者

前田浩次

前田浩次(まえだ・こうじ) 朝日新聞 社史編修センター長

熊本県生まれ。1980年入社。クラシック音楽や論壇の担当記者、芸能紙面のデスクを経て、文化事業部門で音楽・舞台の企画にたずさわり、再び記者として文化部門で読書面担当とテレビ・ラジオ面の編集長役を務めたあと、2012年8月から現職。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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