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選ばれる日本映画のレベルの低さ

 私は今年も含めて4年続けてコンペ作品をすべて見た。そこで感じたいくつかの特徴らしきものを今年の作品を例に挙げてみよう。時代遅れのロマンチック志向(『喜劇 愛妻物語』『ばるぼら』)、意表を突く変わったエンタメ(『動物だけが知っている』『列車旅行のすすめ』『ジャスト6.5』)、辺境好き(『湖上のリンゴ』『チャクトゥとサルラ』)、純アート志向(『アトランティス』『マニャニータ』『ラ・ヨローナ伝説』)、社会派日常リアリズム(『ネヴィア』『わたしの叔父さん』)、なぜ選ばれたか不明(『戦場を探す旅』『ディスコ』)。ここに「フィロソフィー」を見いだすのは確かに難しい。

 そのうえ、14作品のうち5本が9月のベネチア、1本がサン・セバスチャンで上映済みだ。これでは海外のバイヤーやジャーナリストはなかなか来ない。とりわけフランス映画やイタリア映画は毎年必ず1本は入っているが、いつも欧米で上映済みの中くらいの作品だとちょっときつい。私はかつてイタリア映画祭を立ち上げたのでイタリア映画は詳しいが、「東京」のコンペのイタリア映画は、おおむね微妙だ。

 最大の問題は、選ばれる日本映画のレベルの低さ。今年は『喜劇 愛妻物語』(足立紳監督)が脚本賞を取ったが、普通は国際映画祭のコンペに出るレベルではない。娯楽作品としては好きな観客も多いと思うし、確かに脚本は絶妙だとは思うが。毎年、出される日本映画のレベルはこの1年の邦画の秀作を集めたセクション「Japan Now」の10本ほどにはるかに及ばない。去年の審査委員長のメンドーサ監督も、コンペの2本の日本映画を酷評した。映画祭を金銭的にも人材的にも全面的に支えている映画製作者連盟がよくこのような邦画のセレクションを許しているものだと驚く。

 でも賞を取ったではないか、という反論には

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筆者

古賀太

古賀太(こが・ふとし) 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

1961年生まれ。国際交流基金勤務後、朝日新聞社の文化事業部企画委員や文化部記者を経て、2009年より日本大学芸術学部映画学科教授。専門は映画史と映画ビジネス。訳書に『魔術師メリエス――映画の世紀を開いたわが祖父の生涯』(マドレーヌ・マルテット=メリエス著、フィルムアート社)、共著に『日本映画史叢書15 日本映画の誕生』(岩本憲児編、森話社)など。個人ブログ「そして、人生も映画も続く」をほぼ毎日更新中。http://images2.cocolog-nifty.com/

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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