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 前回、野口五郎、西城秀樹、郷ひろみの「新御三家」が男性アイドル史において果たした役割について見てきた。一方、同じ1970年代には歌手だけでなく、学園ドラマから生まれたアイドルたちもいた。今回は、その流れをたどってみたい。

思わぬ成功だった『青春とはなんだ』

 学園ドラマはいまも健在だが、ゴールデンタイムに放送されることも多かった1970年代のほうが人気という点では勝っていたかもしれない。そして歌手の世界で「新御三家」の前に「御三家」がいたように、学園ドラマにもまた1960年代からの歴史があった。

 当時、学園ドラマの分野を大きく開拓したのは日本テレビであった。

 「テレビ映画」という表現がある。映画のスタッフが中心となり、映画的手法で撮影されるテレビドラマのことである。1950年代、テレビの黎明期は「ローン・レンジャー」や「アイ・ラブ・ルーシー」などアメリカ製のテレビ映画が人気を得た。ところが1960年代になるとさまざまな理由から勢いが衰え、代わって日本製のテレビ映画をつくろうという機運が盛り上がってくる。そのなかでつくられたのが、日本テレビの“学園青春もの”の一連の作品だった。

夏木 陽介1967年拡大『青春とはなんだ』で大成功した夏木陽介=1967年
 記念すべき第1作は、石原慎太郎の同名小説が原作の『青春とはなんだ』(1965年放送開始)である。主演は当時東宝のスターだった夏木陽介。

 夏木が演じたのは、アメリカ帰りの新任教師・野々村健介。彼が赴任するのは田舎の小さな町の高校である。その町にはいまも昔からのしきたりが残り、人々は閉鎖的だ。野々村はそんな古い慣習や価値観に反発し、アメリカ仕込みの果敢な行動力で生徒の抱える悩みや問題を解決していく。

 封建的な人々に立ち向かう民主主義的な熱血教師。そんな学園ドラマの基本構図が当初から明確だったことがうかがえる。夏木陽介演じる教師がアメリカ帰りで、しかも都会ではなく田舎の学校に赴任するという設定も、その対比を強調している。

 また、スポーツというこれもまた学園ドラマに欠かせない要素もこの時点で登場している。『青春とはなんだ』ではラグビーだった。スポーツを通じて生徒たちは信頼関係や友情を深め、人間的に成長していく。これも学園ドラマで繰り返されるモチーフである。

 そんな『青春とはなんだ』は、視聴率面でも思わぬ大成功を収めた。

 放送時間は日曜夜8時から。つまり、裏番組にNHK大河ドラマがある時間である。1963年に始まった大河ドラマは、そのときすでに高視聴率をあげる人気コンテンツになっていた。ところが、『青春とはなんだ』は周囲の予想を裏切って大河ドラマ『源義経』(1966年)に肉薄するどころか、それを上回る視聴率さえあげるまでになったのである。

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筆者

太田省一

太田省一(おおた・しょういち) 社会学者

1960年、富山県生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビ、アイドル、歌謡曲、お笑いなどメディア、ポピュラー文化の諸分野をテーマにしながら、戦後日本社会とメディアの関係に新たな光を当てるべく執筆活動を行っている。著書に『紅白歌合戦と日本人』、『アイドル進化論――南沙織から初音ミク、AKB48まで』(いずれも筑摩書房)、『社会は笑う・増補版――ボケとツッコミの人間関係』、『中居正広という生き方』(いずれも青弓社)。最新刊は『SMAPと平成ニッポン――不安の時代のエンターテインメント 』(光文社新書)、『ジャニーズの正体――エンターテインメントの戦後史』(双葉社)。

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