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学園ドラマで新人が抜擢された理由

 この好評を受け、当然第2弾の話が持ち上がった。それが、『これが青春だ』(1966年放送開始)である。

 この作品も、主演は夏木陽介の予定で準備が進められていた。だが突然、それができなくなった。専属契約を結んでいた東宝の映画に夏木が出演することになり、そちらが優先されたのである。企画は暗礁に乗り上げそうになった。改めて有名俳優をキャスティングしようにも、もう時間がない(岡田晋吉『青春ドラマ夢伝説――あるプロデューサーのテレビ青春日誌』、54頁)。

 そこでスタッフは、急遽新人を起用する賭けに出た。このとき抜擢されたのが、いまもドラマなどで活躍する竜雷太である。

 彼自身演技の勉強を目的としたアメリカ留学から帰国したばかりであり、その点ドラマ中の教師のイメージにぴったりでもあった。とはいえ苦肉の策であることに変わりはない。しかし、結果的に視聴率も良く竜雷太は一躍人気者になった。これ以降、主役に新人を抜擢することが、学園ドラマの定番的手法になっていく(同書、55-62頁)。

竜雷太「これが青春だ」の撮影風景拡大竜雷太主演「これが青春だ」の撮影風景=1967年

 一方、こうした学園ドラマでは、不良生徒役も欠かせない。そこから人気者も数多く生まれた。

 そうしたキャラクターは、コミカルな役割でドラマのアクセントになるだけでなく、熱血教師との出会いによって心を入れ替える役柄として物語的に重要な役割を帯びた。最初は反発心むき出しだった不良生徒が、熱血教師の生徒を真剣に思う姿に心を動かされ、一転スポーツに打ち込むようになる。そうした展開がしばしば描かれた。

 そこには、男性アイドルにおける「王子様」と「不良」の二大タイプが発見できると言えなくもない。

 たとえば、アメリカのようなはるか離れたところから突然やってきて生徒たちを救ってくれる新任教師は「王子様」のバリエーションであり、その生徒を疑うことのない真っ直ぐな熱血ぶりは「健全さ」の象徴である。

 それに対し、不良生徒は校則を破り、時には喧嘩沙汰を引き起こす。大人を信用していない。だが学園ドラマの場合は、そこに根は素直で純情というキャラクター設定が加わっている。つまり、「不良」でありながら実は「健全」というわけである。

 その設定があることによって、熱血教師と不良生徒が“仲間”のようになるパターンも生まれる。熱血教師が生徒と一緒に騒動を起こしてしまい、校長や教頭にお灸をすえられる、といったような学園ドラマにありがちな場面などは典型的だろう。教師役を新人が務めることは、その点でも効果的だった。

 ただし1960年代の時点では、教師と生徒は根本的にはまだ対等な関係ではない。物語的に言えば、教師は弱い生徒を救う完全無欠のヒーローの役回りである。その意味ではこの段階での学園ドラマの教師は、ここまで再三ふれてきた「未熟ではあっても努力して成長する存在」という意味でのアイドルではない。

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筆者

太田省一

太田省一(おおた・しょういち) 社会学者

1960年、富山県生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビ、アイドル、歌謡曲、お笑いなどメディア、ポピュラー文化の諸分野をテーマにしながら、戦後日本社会とメディアの関係に新たな光を当てるべく執筆活動を行っている。著書に『紅白歌合戦と日本人』、『アイドル進化論――南沙織から初音ミク、AKB48まで』(いずれも筑摩書房)、『社会は笑う・増補版――ボケとツッコミの人間関係』、『中居正広という生き方』(いずれも青弓社)。最新刊は『SMAPと平成ニッポン――不安の時代のエンターテインメント 』(光文社新書)、『ジャニーズの正体――エンターテインメントの戦後史』(双葉社)。

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