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人生のかけがえのない美しさを描いたゴフスタイン

アートディレクター渡邊良重さんが憧れる、自分の好きなことを仕事にした純粋な生き方

前田礼 コーディネーター/アートフロントギャラリー

重なって見える二人

拡大谷川俊太郎『みみをすます』(福音館書店)は大切な一冊。渡邉さんがアートディレクションを担当した2002年『ADC年鑑』に谷川さんの詩「かくえをかく」に自身の線画とともに掲載した。
 渡邉良重さんは1961年生まれ。幼い時から絵を描くことが好きで、小学校の図画工作の時間が待ち遠しくて仕方なかった。良重さんもまた、手に職をつけて自立したいと小さい頃から思っていた。

 好きな絵をどう仕事に結び付けたらいいか考えた末、美術の教員になろうと山口大学に進学する。山口の農家で育った良重さんにとって東京はあまりに遠く、女性が男性とある程度対等に仕事ができる職業は教員か公務員しかまわりにはなかった。

 しかし、教育実習で自分に教員は無理と悟り、絵を描くことを活かした他の職業を考える。画家やイラストレーターを目指すという選択肢もあったが、それで食べていくのは大変だろう。何より「苦悩する画家」のイメージは悩みのない自分にはあわない。その時思ったのが、デザイナーになることだった。

 デザイン事務所に就職すれば、絵も描けるし、お給料ももらえる。でもデザインをやるなら東京に行かなければならない。東京は危ない、と思っている両親は反対するだろう。そこで良重さんが選んだのが筑波大学の研究生になることだった。

 2年間、筑波大学で学んだ良重さんは二つのデザイン事務所を経て、1986年に宮田識デザイン事務所(現ドラフト)に入所、25年間働き、2012年独立、植原亮輔さんとKIGIを設立する。彼らの事務所はヒルサイドテラスにあるので、クラブヒルサイドとはご近所だ。

 良重さんの作品や語る言葉からは、いつも描くこと、つくることが大好きだという気持ちが爽やかに伝わってくる。私には、ゴフスタインと良重さんは重なって見えていた。しかし、読書会で良重さんがたびたび口にしたのは、自分はゴフスタインのように純粋ではない、という言葉だった。

ゴフスタインの言葉に惹かれて

拡大少女の頃に読んだ池田理代子『ベルサイユのばら』、竹宮恵子『風と木の歌』、萩尾望都『ポーの一族』などについて語る。一条ゆかり『デザイナー』は「デザイナー」という職業を知るきっかけとなった。

 良重さんがゴフスタインの絵本に出会ったのは29歳の時。すでにデザイナーとして活躍を始めていた頃だ。G.C.プレスから出ている『作家』『画家』『生きとし生けるもの』という3冊の絵本を読み、少ない言葉と絵で、こんな大切なことが語れるということに衝撃を受けたという。ゴフスタインは絵も文も自分でかくが、良重さんは特に言葉に強く惹かれたそうだ(翻訳は谷川俊太郎さん。この3冊を皮切りに、日本でもゴフスタインの絵本が次々と翻訳出版される。編集はゴフスタインの信任を受け、末盛千枝子さんが手掛けた)。

拡大自らがデザインしたブランド「CACUMA」のワンピースを着て。
 『ゴールディーのお人形』というとても愛おしい絵本がある。

 両親が残した人形をつくる仕事を続けながら、ひとりで暮らすゴールディーは、ある日お気に入りの店で、とても美しい高価な中国製のランプを見つけ、買ってしまう。密かに心を寄せる大工の青年に一緒に喜んでもらおうと見せるが、「君って芸術家なんだね。こんなに高いお金を出して、こんなものを買うなんて」と言われてしまう。ゴールディーが家に戻って泣きながら眠ってしまうと夜中に中国人が現れて、「私はあのランプを、会ったこともないあなたのために作ったのです。どこかの誰かが、きっと気に入ってくれると信じて、一生懸命作ったのです」と言うのだ。それを聞いたゴールディーは本当に嬉しそうに笑う。

 この一節を朗読し、良重さんは、自分はいろいろとつくっているが、そこまで純粋にものをつくれていない、と語った。おそらく、クライアントのいるデザイナーという仕事が、さまざまな与件との調整のなかで成立していることを言っているのだろう。

 他者と関わりながらやる仕事は、妥協や挫折を味わうことも多いし、純粋な想いを貫き通すことは難しい。しかし良重さんはクライアントやそこに関わるさまざまな人の思いを受け止めながら、グラフィックからプロダクツまで彼女でなければ表現できない世界をつくり、デザインという領域を拡げてきた。そこには、ゴフスタインが本の中で表現してきた「自分が信じるすばらしい何かをつくりだすために黙々と働く人の美しさと尊さ」を見出すことができる。

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筆者

前田礼

前田礼(まえだ・れい) コーディネーター/アートフロントギャラリー

東京大学大学院総合文化研究科博士課程(フランス語圏カリブ海文学専攻)在学中より「アパルトヘイト否(ノン)!国際美術展」事務局で活動。アートフロントギャラリー勤務。クラブヒルサイド・コーディネーター。市原湖畔美術館館長代理。「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」「ヨーロッパ・アジア・パシフィック建築の新潮流」等の展覧会やプロジェクトに関わる。『代官山ヒルサイドテラス通信』企画編集。著書に『ヒルサイドテラス物語―朝倉家と代官山のまちづくり』(現代企画室)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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