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中村雅俊の登場と“終わらない青春”

太田省一 社会学者

『われら青春!』は学園ドラマの到達点

 『飛び出せ!青春』は、青い三角定規の歌った主題歌「太陽がくれた季節」もヒットし、視聴率も好調だった。ここで学園ドラマのジャンルはますます揺るぎないものになったと言っていい。

 この『飛び出せ!青春』の世界をそのまま引き継いだのが、続いて制作された『われら青春!』(1974年放送開始)である。主人公である太陽学園の新任教師・沖田俊は、河野先生の大学の後輩という設定。演じたのは、やはり新人の中村雅俊だった。

 そこで描かれた教師像もまた、『飛び出せ!青春』が打ち出した“教師の生徒化”をさらに推し進めたようなものだった。

 先ほどふれた『飛び出せ!青春』の「月光仮面」の回では、河野先生は力になれない生徒のために泣いた。ただそこで泣くということは、本当の意味ではまだ教師と生徒は対等ではないということでもある。それはヒーローとしての無力感の表現であり、逆に言えば生徒と行動をともにするまでには至っていない。「まだ、『青春とはなんだ』の“ヒーロー先生”の影を受け継いでいた」と考えた前出の岡田晋吉は、この『われら青春!』では、「『先生』を『生徒』と同じレベルまで引き下げてしまおう」と目論む(同書、112頁)。

デビュー当時は「ジーパンにげた履き」がトレードマークだった=事務所提供拡大デビュー当時の中村雅俊=事務所提供

 やはり岡田が例として挙げている第1話「学校より大事なこともある!!」は、そのコンセプトを凝縮したような内容だった。

 冒頭、沖田俊は転校生と間違われ、自らも友だち同士のように付き合いたいと生徒の前で宣言する。そして成績の悪い生徒を集めてラグビー部を結成。するとラグビー部員のひとりがお坊ちゃん学校のラグビー部員たちに襲われる事件が起こる。すると沖田先生は仲裁に入るのではなく、その生徒の助けに入り相手と喧嘩を始めてしまう。それが大問題になり、彼は赴任早々学校を辞めることになってしまう。

 悄然として駅のホームに佇む沖田先生。するとラグビー部の生徒たちが駆け付け、辞めないでくれと叫びながら向かいのホームからラグビーボールを投げて寄越す。感激しながらそれを生徒に返す沖田。そこから線路を挟んで走りながらのパスの交換が始まる……。

 よくお笑いのネタにもされた場面だが、そこには沖田先生が生徒の仲間であることが端的に表現されてもいる。なにもできない無力さを嘆くのではなく、たとえ無力であっても生徒と常に行動をともにする。そんな教師と生徒の関係性は、1960年代以来の学園ドラマのひとつの到達点だったと言えるだろう。

 そんな理想的教師像を演じた中村雅俊は、学園ドラマのアイコン的存在になった。と同時に、失敗や挫折を繰り返しながら自分も成長していく役柄を演じ続け、この時代ならではのアイドルになった。

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筆者

太田省一

太田省一(おおた・しょういち) 社会学者

1960年、富山県生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビ、アイドル、歌謡曲、お笑いなどメディア、ポピュラー文化の諸分野をテーマにしながら、戦後日本社会とメディアの関係に新たな光を当てるべく執筆活動を行っている。著書に『紅白歌合戦と日本人』、『アイドル進化論――南沙織から初音ミク、AKB48まで』(いずれも筑摩書房)、『社会は笑う・増補版――ボケとツッコミの人間関係』、『中居正広という生き方』(いずれも青弓社)。最新刊は『SMAPと平成ニッポン――不安の時代のエンターテインメント 』(光文社新書)、『ジャニーズの正体――エンターテインメントの戦後史』(双葉社)。

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