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『いだてん』の職場が襲われた、二・二六事件

大河ドラマが描いた/描かなかった朝日新聞社 その5

前田浩次 朝日新聞 社史編修センター長

散乱した活字はどこへ?

 では、あのひっくり返された活字は、どうなったのか。

 そもそも「活字ケース」とは、どんなものだったのだろう。

 東京朝日新聞が1927年に有楽町新社屋に移ったとき、案内本「東京朝日新聞小観」を刊行した。その記述を少し紹介する。

 (鋳造された)活字は活字ケースに収められる。出張ケースと外字ケースとに分けてあり、出張ケースは使用数の多い文字を集めたもので、ケース8枚ないし12枚をもって1組とし、それに2200余の文字が配列せられ、おおよそ3万5千個ないし4万個の活字が収容せられている。この1組の出張ケースは文選従業員1人の働き場となるものである。

 「文選」は、手書きの原稿を見ながら活字をケースから採集していく仕事で、熟練者は1分間に30字を容易に採字したという。

拡大1934年当時の活字ケース群と活字を拾う文選の風景。大阪朝日新聞社で

 活字ケースは、活字の種類と大きさ別にもあり、全体で百数十。襲撃ではそれらが、すべてではなかったが、引き倒された。

 朝刊・夕刊を以前のように発行し続けるには、予備の活字ではやはり足りない。なにより、活字ケースとして整備しておかないことには、文選作業ができない。

 活字をケースに戻して、元のように整理したのだろうか。人手をかけて必死に整理したのだろうか。そういう作業をやったのなら、やり遂げた、頑張ったという証言や回想があるはずなのだが、それは無い。

 散乱した活字の行方としては、次のような記述が社内報にあるだけだ。

 床に穴をあけ、活字を階下に落とした。集めて上に立ったら、頭が天井まで達するくらいだった。

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筆者

前田浩次

前田浩次(まえだ・こうじ) 朝日新聞 社史編修センター長

熊本県生まれ。1980年入社。クラシック音楽や論壇の担当記者、芸能紙面のデスクを経て、文化事業部門で音楽・舞台の企画にたずさわり、再び記者として文化部門で読書面担当とテレビ・ラジオ面の編集長役を務めたあと、2012年8月から現職。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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