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『ギア』プロデューサー小原啓渡インタビュー/上

京都発・無期限ロングラン公演3千回突破の仕掛け人

桝郷春美 ライター


 京都の目抜き通りの一つ、三条通にある1928ビル内の小劇場で上演されている『ギア-GEAR-』(以下『ギア』)が快進撃を続けている。観た人の口コミで評判が評判を呼び、2019年10月20日には、公演回数3千回を突破した。オリジナル作品での3千回を超えるロングラン公演は日本で初めて。その後もこつこつと公演を重ねており、未踏の領域を突き進んでいる。この無期限ロングラン公演の仕掛け人であるプロデューサーの小原啓渡さんにインタビューを行った。

世界レベルの総合パフォーマンス

拡大『ギア-GEAR-』=岸隆子 撮影

 インタビューに先立ち、『ギア』を観劇した。まずは、初めて観た印象を紹介してからインタビューに入りたい。『ギア』はセリフを一切使わずに、表情やダンス、キャストのプロ技、音楽、光や風の特殊効果などで総合的に見せるパフォーマンス。荒廃した未来のおもちゃ工場を舞台に、かつて工場の製品だった人形「ドール」と、そこで働き続ける4体の人間型ロボット「ロボロイド」が触れ合う中で、人間に近づいていくという物語の設定だ。とりわけ、キャスト5人の見せ場がすごい。

 軽快なフットワークで躍動的なブレイクダンス、緩急自在な身体の動きと表情の変化で言葉なく雄弁に語るマイム、流麗な技で見せるジャグリング、この人は異次元から来たのではないかと本気で思ってしまうほど魅惑のマジック、愛らしさと危うさが絶妙なバランスで同居するドール。予測がつかないパフォーマンスの応酬に、一瞬たりとも目が離せない。場内で歓声が沸き、子どもらの笑い声も響く。キャストは各パート複数いて、日替わりで出演。様々な組み合わせが楽しめる。出演者の5人は、それぞれの分野で世界レベルの実力者が揃っている。そんな多様なパフォーマンスが、作品としてひとつながりになっている。個々に異なるものが合わさった時の完成度の高さに、これまで3千回もの上演を重ねることで育まれた幹の太さを感じる。

あわいをゆく独特のストーリー性

拡大『ギア-GEAR-』=Kawanishi Saori 撮影

 華やかなパフォーマンスを見せるだけに留まらない。終盤の展開には意表をつかれた。それまでとは打って変わって静寂が漂う場内で、ずっと舞台上を観ていた意識が自分の中に還って行き始める。胸の内にあるものと呼応して、ジリジリと熱くなった。物語がないようである、あるようでない。そんな、あわいをゆく独特のストーリー性にも魅せられた。

 100席の半円形の劇場は、音の響きが抜群にいい。この劇場が入っている築91年の建物が醸し出す雰囲気も相まって、建物そのものの息遣いに耳を澄ませたくもなる。そうして作品と空間が大きな一つになり、時間感覚が広がっていく。『ギア』のキャッチコピーの一つに「新感覚エンターテイメント」とある。初めての観劇でどんな感覚を味わったのかといえば、1928ビル内で『ギア』という作品を観劇するという行為そのものが、タイムマシンに乗って時間の海を泳ぐような境界のない広がりを感じた。

 さて、インタビューに移ろう。『ギア』はこれまで、どのように継続的に公演を重ねてきたのだろうか。小原さんのインタビューで初めに着目したのは、演出家は架空の人物「オン・キャクヨウ」という大胆な発想とその作用。加えて前半の記事で は、ロングランの持続可能性と、それを支える仕組み、ノンバーバルの深い魅力についてお届けする。

演出家は架空の人物「オン・キャクヨウ」

拡大小原啓渡さん
――まず、演出家「オン・キャクヨウ」について教えてください。

 御客様という漢字を音読みしたもので、架空の人物。つまり、この作品には特定の演出家をつけていません。それは初めから、お客さん目線で作ると決めていたからです。有名な演出家には、この人の作風が好みだから観に行くというようにしてお客さんがつきます。1カ月や2カ月ほどの公演だと、それで持ちます。ですが僕が狙っていたのはロングラン公演ですので、より多くの方に気に入っていただき、愛される作品にするには徹底的にお客さん目線で作っていくしかない、とそれまでの経験で悟っていました。

――演出家はお客様という発想はどこから来たのですか?

 僕のオリジナルです。ですが演劇業界でそれはタブーです。この業界では演出家が力を持っています。プロデューサーは、ほぼ名前が出てきません。それを、演出家をつけませんと言った時点で業界内では総スカンです。それは覚悟していました。でも今まで日本でもロングランをやろうとした人は沢山いて、試みたけれど結局できなかった。どうして今まで続かなかったのか、ならば続けるためにはどうしたらいいのか、という検証をとことん行い、その結論がそうなったのです。

――とはいえ、お客さんの声をすべて取り入れられるわけではない。作品のクオリティを磨き上げながらのバランスは、どのようにしてこられたのですか?

 「オン・キャクヨウ」、御客様という言葉の中には、出演者もスタッフも含まれます。作品を一番近くで観ている人たちです。『ギア』には、社員だけではなくボランティア・スタッフなどいろんな人が関わっています。日々、作品を観ながら、こうした方がいいのに、と本当は色んなことを思っているんです。それぞれに思いがあるけれど、大抵は演出家の意見で決まっていく。その演出家が、うちの場合はスタッフ、出演者、お客様であるので、皆が自由に意見を出せます。それを作品の中でどう取り入れていくのか、というところでシステムを作りました。それが毎公演終了後の「フィードバック」と、一年に二度行う「総見」です。

◆公演情報◆
ノンバーバルパフォーマンス『ギア-GEAR-』
京都:ギア専用劇場(ART COMPLEX 1928)
水曜日・金曜日 14時/19時、月曜日・土曜日・日曜日・祝日 13時/18時
企画製作:ART COMPLEX
主催:有限会社一九二八(ART COMPLEX 1928)
公式ホームページ
[スタッフ]
演出:オン・キャクヨウ
[出演]
マイム:いいむろなおき/岡村渉/谷啓吾/大熊隆太郎/松永和也
ブレイクダンス:KATSU/達矢/YOPPY/たっちん/ワンヤン/じゅんいち
マジック:新子景視/山下翔吾/橋本昌也/松田有生/福井陽翔人
ジャグリング:酒田しんご/Ren/渡辺あきら/深河晃/リスボン上田/宮田直人
ドール:兵頭祐香/游礼奈/佐々木ヤス子/中村るみ/安東利香
 
〈小原啓渡プロフィル〉
 兵庫県出身。同志社大学中退。インド放浪後、照明技術者として宝塚歌劇や劇団四季、歌舞伎など、幅広い現場で実践を積む。1992年からコンテンポラリー・ダンスの母・スーザン・バージュのテクニカル・ディレクターとして7年間、パリを中心に活動。その後、京都にて近代建築を改装した劇場「ART COMPLEX 1928」を立ち上げ、プロデューサーに転向。「アートの複合(コンプレックス)」をテーマに、劇場プロデュースの他、文化支援ファンドの設立や造船所跡地をアートスペース「クリエイティブセンター大阪」に再生するなど、芸術環境の整備に関わる活動を続ける。他にも、京都で異例のロングラン公演を続ける『ギア』をはじめ、文化芸術を都市の集客や活性化につなげる数々のプロジェクトを打ち出し続けている。

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筆者

桝郷春美

桝郷春美(ますごう・はるみ) ライター

福井県小浜市出身、京都市在住。人生の大半を米国で暮らした曾祖父の日記を見つけたことがきっかけでライターに。アサヒ・コム(現・朝日新聞デジタル)編集部のスタッフとして舞台ページを担当後、フリーランスとして雑誌やウェブサイトに執筆。表現活動や、異文化コミュニケーションを軸にインタビュー記事やルポ、エッセイを書いている。

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