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ヅカナビ『I AM FROM AUSTRIA』

その、絶妙なバランス感覚による心地良さ

中本千晶 演劇ジャーナリスト


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 ヨーロッパを旅したときに訪れた街の中でも、ウィーンはとくに好きな街のひとつだった。ドイツ的なキチンとした重厚感とイタリア的なゆるさ、その入り混じり具合がちょうど良い。堅苦し過ぎず、かといっていい加減でもない、絶妙な心地良さなのだ。街並みも伝統的な風格をキチンと残しながらも、ところどころ前衛的なものが目についたりする。さすが世紀末芸術を生み出した都市でもある。

 『I AM FROM AUSTRIA』もまさにそんな感じだ。ホッと癒される心温まるストーリー展開の中に、極めて現代的な風刺、問題提起がちょいちょい効いている。星組、花組とサヨナラ公演が続いてしんみりした後がこの作品で本当に良かった。気分も新たに作品の見どころを振り返ってみることにしよう。

これは当て書きか? のキャラクター勢ぞろい

 主人公のジョージ(珠城りょう)はウィーンのホテル・エードラーの御曹司。だが、老舗ホテルも今の時代に合った改革が必要だと考え、両親と反目し合っている。珠城りょうという人は不思議と「2代目若社長」感のあるスターだと思う。ガツガツした創業社長ではない、品が良くてどこか支えてあげたくなる「2代目」なのだ。『エリザベート』のトート閣下の頃から、そんなことを感じていたが、ジョージ役ではその「2代目若社長」的魅力が存分に発揮されている。

 オーストリア出身で、今はハリウッドで大成功している女優、エマ(美園さくら)。生き馬の目を抜く世界を登りつめた女優のプライドの影に、等身大な女性の悩みを滲ませる。持ち前の歌唱力も存分に発揮できる役だ。制作発表で初めて登場したとき、輝くような金髪に目を見張ったが、じつはこの作品の中で「金髪」は深い意味がある。1幕7場でエマが生い立ちを回想するときに歌う「ブロンド」は女性なら特に考えさせられる歌だろう。

 エマのマネージャーであり、あれこれ画策しているリチャード(月城かなと)。まずは月城の舞台への元気な復帰を喜びたい。リチャードは作品の中の黒い役どころといってしまえばそれまでなのだが、まさに現代の大悪党、演じ方次第で作品全体の印象を自在に変えられる面白い役どころだと思った。こだわりの芝居をいつも見せてくれる人だけに東京公演に向けての進化を最も期待している役でもある。

 アルゼンチンの有名サッカー選手、パブロ(暁千星)もホテル・エードラーにやって来る。マッチョマッチョな男をキュートな暁がちょっと背伸びして演じる姿にときめきを覚えてしまう。じつはパブロの恋の顛末が、ウィーン版とタカラヅカ版との一番の違いといっていいかもしれない。ウィーン版のパブロには祖国アルゼンチンに恋人(男性)がいる。だが、タカラヅカ版のパブロは(ネタバレにもなるのだが、もはや知られている話なので書いてしまおう)、ホテルのフロント係のフェリックス(風間柚乃)に一目惚れしてしまうのだ。この「一目惚れ」の瞬間のパブロの表情は必見だ。

 このフェリックスこそが、あらゆる騒動の元凶だ。Twitterにうっかり機密事項は流すわ、車は盛大にぶつけるわ、スマホは落とすわ、ワルツは踊れないわ。強烈なダメダメ男…なのに何故か憎めない愛嬌の持ち主だ。演じる風間はついこの間までカストロを演じていた人とは思えない。この振れ幅はまさにスターの証だ。

 ジョージの父、ヴォルフガング(鳳月杏)は花組でさらなる男役の色気を身につけて月組に返り咲いた鳳月ならではの役。恐妻ロミーに迎合しつつ舌の根も乾かぬうちに真逆の自分の考えを言う。その行ったり来たりの間が絶妙だ。だが、常に息子ジョージの味方であり、人生で大事なことを教える。頼りなげでいて妻の一番の理解者でもある。応えられないダンディパパぶりだ。

 ロミー(海乃美月)は、妻であり母であり、そしてホテルの敏腕社長というスーパーウーマンだ。いろいろなことを我慢し封印して頑張っている女性である。観客の中にはきっとロミーに自分を重ね合わせる人も多そうだ。そんなロミーがダルマ姿に豹変して踊り狂う場面は見ていて不思議とスカッとする。足を出しても品がある、タカラヅカ娘役の本領発揮の場面でもある。

 このホテルを、そして物語全体を回しているキーパーソンといってもいい存在がエルフィー(光月るう)だ。コミカルな役だが一流ホテルのコンシェルジュとしての品格は忘れていない。個人的なツボはオペラ座の舞踏会でひときわ華やかな白いお姫様風ドレスで登場するところだ。笑いを取るシーンなのに、それなりに似合ってしまうところがさすがタカラヅカである。

 …こうして書けば書くほど、まるであて書きのように思えてくるのだが、そんなはずはない。そういう作り込みができたのも、ウィーンのスタッフとタカラヅカのスタッフ、両者の妥協なき歩み寄りがあってのことだろう。そして、その前提には『エリザベート』以来の積み重ねによって構築された信頼関係もあるのだろう。

 基本ストーリーはウィーン版とほぼ変わっていないようだが、細かいキャラクター設定がどのように変わっているのか。12月にはウィーン版のDVDも発売されるそうだから、ぜひ見比べてみたいと思っている。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『タカラヅカ流世界史』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師、NHK文化センター講師。

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